「個」の価値が最大化できる未来。トークンエコノミーで蓄積されたKYCは、あなたが新しい経済を生き抜くポートフォリオになる

川本栄介

情報の価値が個に帰属する時代の到来

前述の通り、トークンエコノミーにおけるKYCは個人のフィジカルな情報には紐付かない。

ウォレットからは、そのウォレットを介した取引履歴は引き出せても、そのウォレットの持ち主までは特定できないからだ*。

*もちろん現在の一般的な仮想通貨取引所で仮想通貨を購入した場合は、従来の金融機関と同等のフィジカルと紐付いたKYC(免許証、パスポート、本人写真、住所を証明するものなど)の提出が求められることが多い。それはあくまで現在の多くの取引所が、法人によって管理されている中央集権的な仕組みの取引所だからである。今後はそういった中央集権ではない取引手段も増えてくることが予想され、そうなると次第に多くの取引履歴にフィジカル情報は紐づかなくなってくるはずである。

本来KYCの目的はその人の本人確認であり、その人が取引に値するかを判断するためのものだ。

トークンエコノミーにおいても、個人の確認がまったく不要になることは考えにくく、「そのウォレットの取引履歴」だけですべてを判断できるようになるには、十分なKYCが蓄積されるまでトークンエコノミーの成熟を待たねばならないだろう。

しかし、誰にも干渉されない純粋な活動の履歴が、人や企業を判断する新たな評価軸の一つになるのは間違いない。

ブロックチェーンを活用しているわけではないが、DMMの子会社であるバンク社のサービス「CASH」や「TRAVEL Now」は、これまでとは違う形で与信情報を取得している。

例えば、「CASH」で入金されたのに商品を送らなかった人。
「TRAVEL Now」で旅行代金を支払わなかった人。

これらの情報は、個人のKYCとなり、その後の取引に影響を及ぼす重要なデータとなる。

また、個人を株式に見立てた「VALU」の取引履歴も、個人の特性を表すKYCとなり得る「VALU」の取引はビットコインを介しているため、その取引履歴はブロックチェーンに記録される。

どんな人を応援し、出資したのか。
いつ誰にどのぐらいのVA(「VALU」上の単位)を売りに出したのか。
どんな人からどれくらい出資されたのか。

これらの履歴は、学歴や職歴などのいわゆる個人情報とは異なる個人の特性を映し出す情報である。

トークンエコノミーのような小さな経済圏においては、個の特性が分かるような限定的な範囲の情報が有用になるため、VALUにおける取引履歴が別の取引に影響する可能性は大いにある。

さらに、2018年5月に施行されたEUにおける個人情報規制強化(GDPR)に伴い、これまで企業が独占していた大小さまざまな情報は、個人に帰属する流れが醸成されつつある。

今、「個の情報」の価値は大きく変化する節目を迎えている。

トークンエコノミーが発展し、ブロックチェーンに記録されるKYCが増えれば増えるほど、既存のKYCの存在意義は薄まり、個の活動や履歴、さらには個の存在そのものに価値が帰属していくだろう。

連載「ゼロから分かるトークンエコノミー ブロックチェーンは社会をどう変えるのか?」を振り返って

これまでの連載で、

連載第1回:トークンエコノミーを支えるブロックチェーンの技術

連載第2回:トークンエコノミーにおけるトークンの循環

連載第3回:トークンの価値を最大化する意味

連載第4回:トークンエコノミーに蓄積されるKYC(本記事)

について展望を述べてきた。

ブロックチェーン自体が技術革新のまっただなかにあり、これらの世界がどこまで実現されるか、その未来の姿は誰にも分からない。

筆者がこの連載で述べてきたのは、トークンエコノミー像の一つに過ぎない。

近い将来、日本でも多くのICOが実現し、これまで以上にたくさんのトークンが発行されるようになるはずだ。中には、価格変動の小さいステーブルなトークンも生まれるだろうし、日本円とペッグしながら流通範囲を広げるトークンも必要になるかもしれない。

そしてブロックチェーンの応用についていえば、IoTやAIと結びつくことで自動化はさらに進むだろう。

SFのようだが、人間一人ひとりに生体認証デバイスが埋め込まれていて、ある人物が死亡すればデバイスから心肺停止データが送信され、生命保険が自動で送金されるようなスマートコントラクトが実現するかもしれない。

あるエリアを歩けば、歩行データを始めとする個人の身体データが研究機関に送信され、意識さえすることなくトークンを手に入れることができるかもしれない。

IoTデバイスを通して生活のすべてのデータを提供するかわりに、衣食住すべてのサービスが無料で提供される住宅が生まれるかもしれない。

これらはすべて、現在のブロックチェーン技術で応用が可能だと考えられている、実現性の高い夢物語だ。この夢物語を我々はどんな思いで描くべきなのか。

連載第1回で「ブロックチェーンの本質はトークンエコノミーの形成にある」と筆者は述べた。トークンエコノミーは、働き方や暮らし方を変え、個の価値をより高める世界を創造するだろう。

ブロックチェーンが人と人を直接繋ぐ技術ならば、個人間の取引はさらに加速する。

企業や第三者を介さない取引が世の中に溢れたとき、経済の循環はただの通貨のやり取りではなくなり、コミュニケーションを表現する手段の一つになるかもしれない。

ただの決済から解放され、個が人として精神的にも物理的にも充足した暮らしを実現できる世界。

それこそが、我々が描く夢物語でなければならないのではないだろうか。

本連載はここでいったんの終了を迎えるが、ブロックチェーン技術、そしてトークンエコノミーへの道はまだ序章である。

インターネット総初期からネットワークの進化、デバイスの普及、クラウドの旺盛、そしてブロックチェーンの登場。

この奇跡の時代に生まれ、これらのビジネスに携われる幸運に感謝しつつ、本稿の筆を置きたい。

(連載おわり)

(構成:塩谷雅子)

塩谷雅子
DMMスマートコントラクト開発部 メディアチーム編集長。
元雑誌編集記者。サッカーを中心にスポーツ系メディアに携わった後、2016年DMM.comラボに入社。オウンドメディア「DMM inside」をはじめ、DMM picturesからDMMフットボール事業まで、各種コンテンツの取材、執筆に携わる。仕事の原動力は「熱量」。ブロックチェーン、スマートコントラクト界隈にほとばしる熱気に導かれ、2017年2月より現職。トークンエコノミーの母を目指しながら、小学4年生女児の母も兼務

この記事の著者・インタビューイ

川本栄介

トークンエコノミーエバンジェリスト
日本におけるブロードバンド黎明期の頃からインターネット事業を生業とする。DMM、楽天、サイバーエージェント、SIer、スタートアップなどで主に新規事業を中心に携わる。DMMではオンラインサロンやブロックチェーン関連の事業部長を歴任。現在は独立してトークンエコノミーエバンジェリストとして、日本とインドネシアなど国内外で暗号通貨とブロックチェーンの健全化を目指して活動中。

トークンエコノミーエバンジェリスト
日本におけるブロードバンド黎明期の頃からインターネット事業を生業とする。DMM、楽天、サイバーエージェント、SIer、スタートアップなどで主に新規事業を中心に携わる。DMMではオンラインサロンやブロックチェーン関連の事業部長を歴任。現在は独立してトークンエコノミーエバンジェリストとして、日本とインドネシアなど国内外で暗号通貨とブロックチェーンの健全化を目指して活動中。

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