個の特性を活かし精神的にも物質的にも満たされる社会。
ブロックチェーン技術を土台にしたトークンエコノミーは、そんな未来を実現し得る画期的な経済の仕組みだ。
トークンエコノミーにおける取引はブロックチェーンに記録される。
誰から何を買ったのか、どのような志向でアクションを起こしたのか。
蓄積された取引記録には、おのずと個人の特性が映し出される。
さらに、これらの記録はブロックチェーンの耐改ざん性に担保されているため、不正や詐称が非常に困難である。ブロックチェーン技術を裏付けとする個人の取引記録は、これまでにない社会的信用の形を生み出すだろう。
個人情報や第三者機関を要さずに個人の信用が担保されると、経済にどのような影響を及ぼすのだろうか?
連載第4回では、トークンエコノミーにおける「信頼」について考えたい。
信頼できる第三者の要らない世界
ブロックチェーンを表現するキーワードの一つに「トラストレス」という単語がある。これは、ビットコインを始めとする仮想通貨の本質的な特徴でもある。
サトシ・ナカモトによるビットコインの論文には以下のような記述がある。
必要なのは「信用」ではなく、「暗号化された証明が担保する電子取引システム」であり、これにより当事者同士が「信頼できる第三者機関」を介さずに直接取引できるようになる。
What is needed is an electronic payment system based on cryptographic proof instead of trust, allowing any two willing parties to transact directly with each other without the need for a trusted third party.
上述のとおり、ビットコインは、政府や銀行や金融機関など特定の第三者による管理がない状態で送金が可能だ。「絶対的な信用を特定の誰かに委ねる必要がない=トラストレス」な状態で、送金や取引が成立しているのだ。
第三者による中央管理がない状態、いわゆる非中央集権な状態はなぜ画期的なのか。
現代社会において、信用コストは取引に欠かせない重要な要素だ。取引する相手はどこの誰なのか。もっと言えば「どこの誰であるか」を、証明する主体が極めて重要になる。
例えば、「銀行の口座に預金がたくさんある人」は銀行がその信用を担保しているし、クレジットカードでの支払いはクレジットカード会社が前払い決済を保証している状態だ。
企業間の取引はもちろん、個人間の取引でも相手の素性が分からなければ取引に踏み切れない。そもそもその素性を担保する第三者が信用の基準になっているため、政府や金融機関、大企業の存在がなければ信用は成り立たず、その第三者が破綻すれば信用そのものも瓦解してしまう。
この状態を解決したのがブロックチェーンだ。
信用できる誰かを必要としないため、これまでの取引には不可欠だった信用コストも不要になる。銀行口座の残高証明やクレジット会社による与信情報に頼らなくても、取引が可能になるのだ。
技術が担保する信用
金融機関に口座を開設する際に必ず必要なのが「KYC(Know Your Customer)」である。日本語では「顧客確認」を意味し、個人や企業が実在しているかの本人確認の手続きを指す。
個人の身分証明、金融資産、所属する企業情報、住所やメールアドレスなど、個人に紐づく情報を提出し、金融機関はその真偽を確認する。
この一連の手続きがいかに煩雑でコストを要するかは想像に難くない。しかし現状はこれらの情報に裏付けられた状態で信頼が担保されなければ、取引は成立しない。
「私はこれだけの資産を所有していて、こんな取引履歴があります」
個人のこんな宣言だけで相手を信用するのは、非現実的である。
ブロックチェーンには「取引の見える化」「耐改ざん性」という特長がある。
ブロックチェーンに記録された取引履歴は極めて改ざんされにくく、誰にも干渉されない状態を保つことができる。トークンエコノミーにおける個のアクションの数々は、取引履歴としてブロックチェーンに記録されていく。
エコノミー内でどんな取引をしてきたのか。活動のすべてはブロックチェーンに記録されており、この状態はそれだけで信用の担保になる。
ウォレットから個人を特定することはできないため、フィジカルな個とは結びつかない。
しかし、取引に必要な与信情報には不要な個人情報もあり、本来はその人が取引に値するかを見極められるかどうかが重要なはずだ。改ざんされず、干渉されず、詐称できない状態で記録されたその人の履歴は、その人がどんな人なのかを判断する裏付けになる。
例えば、よく知らない誰かと仕事をする時、ツイッターやフェイスブックを検索し、その個人を知るための情報収集したことがある人は多いだろう。
しかし誰とどんなやり取りをしてどんな報酬を得たかの活動が記録されたブロックチェーン上の取引履歴があれば、ツイッターやフェイスブックのような個人に紐づく情報を要することなく、すぐに取引の可否が判断できる。
また、ソーシャルの信用は曖昧で、そこにある情報はビジネス取引に紐付かないパーソナリティに関するものだけだったり、「自分の友達が友達になっていて親しい関係にあるから」というような誰か別の第三者を基準に信用を担保していたりする。
曖昧な信用基準だけでは商取引は成立しにくい。
口座情報、取引履歴、決算情報、顧客一覧、領収書、請求書……。
これらのアカウンティング調査にはかなりの時間を要するし、取引を始めるまでにかかる諸所のコストは膨大だ。
これらの膨大な情報が瞬時に入手でき、そこに揺るぎない信用が存在するのが、ブロックチェーン上の取引記録だ。これまで銀行や大企業や政府が担保してきた信用を、ブロックチェーンという技術が支えている。つまりブロックチェーンに蓄積される取引履歴は、それ自体に価値があると言えるだろう。
ブロックチェーンに蓄積される成果の証
トークンエコノミーにおける活動履歴がブロックチェーンに記録されKYCとして蓄積されると、どのような変化や恩恵があるのか。
例えば、イラストやインフォグラフィックなどのクリエイターによる制作物のトークンエコノミーがあったとしよう。誰が何を制作したのか、その制作物を誰がいくらで利用したのか、二次利用、三次利用がどれくらいあったのか。
そのすべての取引履歴がブロックチェーンに記録され、KYCとして蓄積されていく。あるクリエイターのKYCは、その人が生み出した制作物の履歴だ。
「どういった制作物を生み出すクリエイターなのか」。
制作物の使われ方と取引内容は、そのクリエイター自身を映し出すポートフォリオともいえる。それは、クリエイター自身の報酬を左右する材料の一つにも成り得るだろう。
では、制作物の取引履歴は、クリエイターの報酬に対してどのような意味を持つのだろうか。特に、個人間(P2P)取引において、クリエイティブな人材を探す場合、誰に仕事を依頼するか、またその人材に対しての正当な報酬額を依頼前に判断するのは難しい。法定通貨の経済圏では報酬の根拠は非常に属人的で、明確な境界線があるわけではない。
もちろん実績で値が付くのは大前提だが、そのクリエイターのブランディングや、大企業などの第三者による評価に左右される部分は大きい。
トークンエコノミーでの報酬の差は、ブロックチェーンに記録されたKYC、つまりそのクリエイターの実績に基づいている。だからこそ仕事を依頼する側はニーズにマッチしたクリエイターを選び、取引履歴から正当なクリエイターへの報酬を決めることができる。
もちろん、このような制作物のIP管理は既存の仕組みでも可能だが、それには膨大なコストと手間を必要とする。
しかし、ブロックチェーン上に制作物の取引履歴を記録し、その利用や売買契約をコントラクト化できれば、制作物の所有権の移転はもちろん、その所有権が別の誰かに渡った際も一定の割合でクリエイターに報酬が支払われる仕組みを構築することが可能だ。
既存の仕組みではプラットフォーマーや仲介する第三者である企業が中央集権的に取引を管理している。しかしブロックチェーンを活用すれば、低コストかつ耐改ざん性の高いセキュアな状態で、著作権や所有権移転の管理が実現できる。
だからこそ、ブロックチェーンに記録されるトークンエコノミーのKYCは、価値に見合った報酬の評価軸となる可能性を秘めている。