今回はトークンの価格とシニョリッジ(通貨発行益)について詳しく考えたいと思います。その為にまず、通貨の価値を裏付ける理論的な背景を前回の記事では書ききれなかったことも含めて解説します。
なお弊社がユーティリティトークンを発行していることもあり、この記事ではトークンに関しては価格が需要と供給によって変化する(ステーブルコインではない)ユーティリティトークンを前提として解説します。
シニョリッジ(通貨発行益)の具体例
まずはシニョリッジ(通貨発行益)を具体的な例をあげて解説します。
それでは1億枚のトークンを発行する際にかかる費用を考えてみましょう。それには最低限トークンを発行する仕組みを作るエンジニア、弁護士等の費用がかかりますね。
仮に直接的な原価は5000万円だとしても、スタートアップ全体の機会費用まで入れて考えると10億円位と試算できるかもしれません。この場合この会社が1億枚のトークンを発行すると1トークンあたりの原価は10円となります。
発行直後のトークンの価値は0円ですので、シニョリッジは発生しません。
トークンの将来性を感じる人が増えたり、トークンでないと手に入らない商品やサービスが提供されたりするとトークンに需要が発生します。そして、1トークンの価格が10円を超えると発行益(通貨・紙幣などからその製造コスト等を控除した利益)が発生します。それがシニョリッジです。
トークンの価格は需給で決まる相対的なものなので、トークンに価値を感じて利用する人の数が増えればトークンの価値があがり、シニョリッジが増えます。
逆にトークン利用者の数が減れば、トークンの価値が下がり、シニョリッジが減ります。
発行体や発行体の投資家にとっては、シニョリッジ×保有割合が含み益となりますので、それまでに投下した費用と比べて十分なシニョリッジが観測されているのであれば、発行後も継続的に費用を投下する動機が生まれます(反対にスタートアップが小さすぎるとシニョリッジが観測されにくいので、トークンエコノミーを理解しているシード投資家は貴重な存在です)。
健全な発行体であれば、トークンを一定割合保有し続けた上で、発行後もトークン経済圏に対して継続的に費用を投下して、トークンの価値を上げる為の開発や、利用者を増やす為の施策を打ち続けると期待されます。
また健全な発行体の株主は、取締役の選任等を通じて発行体とトークン経済圏との関係構築に関与する他、自らも協業を通じてトークン経済圏の一員となることがあります。
健全なトークン利用者はトークンを使ったサービスや商品の購入、トークンで自らのサービスや商品を販売することを通じて、トークンの価値を高めると期待されます。
健全なトークンエコノミーでは、それぞれが自らの健全な利益を得る為に活動した結果、トークンの循環が生まれ、信用が創造された結果シニョリッジが観測されるのです。
(補足)シニョリッジは発行体の財務諸表に乗らない含み益のようなものです。発行体がトークンの販売や、トークンを活用して利益をあげてはじめて財務諸表に載ってくるわけです。
シニョリッジはなぜ発生するか
ではトークンのシニョリッジは一体なぜ発生するのでしょうか?
価値を考える際にはこれから解説させていただくように複数の考え方があります。そしてそのどれが正解という訳ではなく、様々な考え方の人がいて、その需給が交わったところで取引が成立し、トークンの価格が決まることになります。
ここからはトークンの価値についてのいくつかの考え方を解説していきます。
最も重要なネットワークの価値
まず最も重要なのは「ネットワークの価値」という考え方です。これはスタートアップの株価と同じ考え方で、トークンエコシステム全体が将来生み出す価値を計算し、それを割り引くことで現在の価格を計算することができます。
ネットワーク理論によると、シニョリッジはトークンが流通することによってネットワークが将来生み出す利益(利便性等)を現在価値に割り引いたものだと考えられます。
そしてネットワークが生み出す価値はトークンによって異なるのがトークンエコノミーの特長です。
例えば私たちの発行しているARUKの場合は、人々がARUKを手に入れる為に歩いた結果で
・位置情報データベースが整備された結果、地図やスポット情報を使ったアプリケーションが安く開発されるようになること
・健康寿命が延伸され、生産性が上がったり、医療費が下がったりすること
・新しい店舗を訪れ、商品やサービスを購入しやすくすること
がネットワークが生み出す価値と考えられます。
ちなみにイーサリアムの場合は、
・スマートコントラクトの実行基盤として契約や取引を自動化すること
・トークンの発行基盤として様々なネットワーク構築を容易にすること
がネットワークが生み出す価値と考えられます。
そして理論的にはネットワーク参加者を含むネットワーク全体が価値を生み出せば良いので、必ずしも発行体が新しい価値を生む必要はありません。
ただし発行体は莫大な通貨発行益を得る可能性があるので、エコシステムに対してできる限りの貢献をするべきでしょう。発行体が存在するトークンは、発行体自体が通貨発行益を得られるので、エコシステムの為に主体的に貢献する強い動機があります。
発行体は解決したい課題を解決できるトークンを設計することを通じて、ネットワークの将来価値を高めることができます。課題を解決した際のソーシャルインパクトが大きいほど、ネットワークの価値が高まります。
上手くネットワークが機能した場合、ネットワーク価値が上昇することによってトークンの理論的価値はネットワーク価値となりますので、トークンの価値に最も影響がある考え方だと思います。
(補足)発行総数が一定であるならば、割引後のネットワークの価値を発行総数で割ったものが1枚当たりの価値と考えられます。
トークンの使用価値
使用価値とは、1枚持っていたら握手会に参加できるとか、1枚払えばビールが一杯飲める等のトークン自体が使用できることによって生じる価値のことです。
トークンが将来的にもネットワークの価値を全く生み出さないのであれば、そのトークンは使用価値しかないことになります。
そのようなトークンはわざわざ価格変動する仮想通貨にする意味が薄く、前払式支払手段や懸賞の景品として設計したほうが良いと思います。
ただしそのトークンでなければ得られない使い道があれば、それだけでもトークンの需要を生み出すことができますので、そういったこのトークンでなければという使用価値をつけることが重要になります。
例えば「ファンクラブ限定イベントに参加するにはファンクラブに入会し、トークンを持っていなければならない」といったようなケースです。
更に良いのはそのトークンでのみ払えることがシステムや法律で担保されている場合です。
例えば、イーサリアムのGas代は法定通貨やBTCで払うことはできず、ETHでしか払えません。どれだけ法定通貨を持っていても、イーサリアムプラットフォームを使う限りはそのためにETHを取引所で購入する等して入手しなければなりません。
つまり、イーサリアムプラットフォームが無くならない限り、ETHの需要は必ず生じる仕組みになっています。
租税貨幣論によれば、脱税で刑務所に収監されないというサービスを受ける為にその通貨で国家に支払いをしなければならない限り、その通貨に対する需要は必ず生じる、という考え方(新表券主義)があります。
実際に国家が新しい通貨を流通させる際にはその通貨で税金支払いを強制しますし、それだけでも新しい通貨は流通するのです。
イーサリアムのスマートコントラクトには強制的に法定通貨ではなくETHやトークンで払わせる力があり、私はその面でもイーサリアムに注目しています。
ユーティリティトークンの本源的価値
多くのトークンは本源的に無価値ではないか?とお考えの方も沢山いらっしゃると思います。それを保有することによる配当や残余財産分配権が無い以上無価値であるという点で、ファイナンス理論的に導かれる結論です。
実際に2018年はセキュリティトークンが注目されましたし、多くのユーティリティトークンの価格が下落しました。
2019年以降のトークンの価値を考える際に本源的価値を無視することはできません。
私はイーサリアムのようにプラットフォームで強制的にGas代(=税金)を徴収できることはイーサリアムの本源的価値に繋がっていると考えます。
つまり、租税貨幣論から導かれる新表券主義的な本源的価値こそが、ユーティリティトークンの本源的価値であると考えています。
だからこそプラットフォームを目指す発行体の場合は、その税金にあたる支払いをトークンでのみ受け付けるよう設計することでユーティリティトークンに本源的価値をつけることが可能となります。
なおリアルワールドゲームスのARUKの設計の際も新表券主義を採用しています。
トークンの取得(機会)費用
人間はその取得に支払ったお金や機会費用をその物の価値と考える性質があります。バッグを買った場合は購入費用がバッグの価値と考えるのと同様に、仮想通貨をマイニングした場合は自分が払う電気代やマシン代をその価値と考えます。
シビル攻撃に対する耐性という点でも、トークンの取得に労力がかかるのは良い事です。
Airdropで無料で手に入れたトークンの場合は、取得費用がかかっていませんので、これによって(保有効果以外の)価値を感じることはありません。しかし仮に100m泳いだら1枚貰えるスイムコインがあったとしたら、タダで貰ったコインよりも価値を感じるでしょう。
ビットコインの「Proof of Work」のように1トークン取得する為の労力が段々上昇することが明らかであれば、先行者有利のインセンティブとして最も困難な初期ネットワーク参加者の獲得に貢献します。
初期ネットワーク参加者の獲得が順調であれば、割引率が下がりトークンの価格が上昇する理論的な根拠となります。
特に日本では資金決済法でトークンの売買交換が事実上できない為、どの位のコストをかけたら1枚入手できるのかは、未上場トークンの理論的価格を推定する際に一定の説得力が有ると思います。
ARUKコインの場合は、歩いてその場所に行かないと見つからない神社やお地蔵さん等の歩く目標物となるスポットの写真をアプリから撮影して投稿し、承認されることでコインが手に入るような設計です。
そしてさらに、最初に見つけた人1名だけが手に入るようにすることで、採掘難易度が時間と共に上昇するように設計しています。
フィールドテストでは平均1時間のプレイで1枚入手できていますが、時間が経過すればスポットが枯渇し、平均100時間プレイして0.1枚手に入るかどうかという獲得確率にになると考えています。
発行体の信用
どの発行体がトークンを発行しているかもトークンの価格に影響します。大企業が発行するトークンは最初から一定の価値があるでしょうし、無名の個人が発行したトークンは最初の段階では価値が低いでしょう。
では、発行体としてスタートアップは不利なのでしょうか?
それはやり方次第ですが、実は急成長中のスタートアップにとっては有利だと私は思っています。その理由としては
・大企業やベンチャーキャピタル等から出資を得ることで信用を外部に示すことができる
・大企業もスタートアップとの提携に積極的なので、ネットワーク参加者に大企業を含めることも可能
・アップサイドは大きくなるので、それを活かしたネットワーク参加者に対するインセンティブを設計しやすくなる
などがあげられます。
逆に企業の信用によって最初から価値が高い大企業の発行するトークンはネットワーク参加者が伸びないことによって価格が急落する可能性があります。
大企業はその分レピュテーションリスクも大きく、ステーブルコインならともかく、価値が急落する可能性があるトークンを世に出すこと自体が困難です。
それと比較すると、スタートアップのトークンはバブルでない限り最初は価値が低いので、ネットワーク参加者の増加に従ってトークンの価格が上昇すると理論的に考えられ、初期参加者にとって価値が急落する危険が大企業と比べて少ないと考えられます。
私は「健全なトークンエコノミーはスタートアップでなければ実現できないのではないか?」とすら考えています。
極論ですが、スタートアップにとって、トークンという超強力な武器を使わずに大企業と競争するのは全く不合理なことだと感じています。
なのでスタートアップの方々は、大企業には早い段階でトークンをお渡しして、ネットワーク参加者になって頂き、パートナーとして手を取り合って共に課題を解決していくのがいいと私は思っています。
ネットワーク外部性
一般的に電話、SNS、ネットゲームやネットオークション等、利用者が増えるほどそのサービスの価値が上がる例は沢山あります。
トークンエコノミーの場合、単なる利用者ではなくトークンに価値を感じてトークンを受け取ったり支払ったりする人や店の数が重要です。これまではトークンの利用者と言っていましたが、以下ではこれらの人や店をネットワーク理論に従い、ネットワーク参加者といいます。
さて、ネットワーク参加者がN倍になった時にネットワークの価値は何倍になるのでしょうか?
理論的にはメトカーフの法則によりNの2乗に比例します。
仮想通貨の場合、ビットコインの価格を観測した結果、Nの1.69乗に比例するという結果が出ています。
これは10万人が価値を感じるトークンの時価総額が10億円だとした時に、100万人が価値を感じるようになるとトークンの時価総額は100億円ではなく490億円になるということです。1000万人が価値を感じるトークンの時価総額は2兆3980億円になるのです。
ただしその反面、ネットワーク参加者が減ると価値が急落する性質もあります。
(まとめ)トークンの価値の考え方
ここまで解説した「トークンの価値の考え方」をまとめると、以下のようになります。是非皆さんの参考になれば嬉しいです。
・将来ネットワーク価値を現在に割り引いたもの
・使用価値
(法定通貨でも代替可能なもの/法定通貨で代替不可能なもの)
・ファイナンス的な本源的価値
(ユーティリティトークンの場合、通常0)
・新表券主義的な本源的価値
・取得費用、機会費用
・発行体の信用
※最初は取得費用、機会費用によって価格が決まり、使用価値がある場合は使用価値も価格に影響する。特に、プラットフォームの発行体が強制力のある使用価値を提供できる場合は、租税貨幣論的な本源的価値となり、価格に影響する。この中で一番値段が高いのはネットワーク価値ベースと考えられるので最終的な価格はネットワーク価値の影響が大きい。
次回予告
次回はインセンティブとしてのユーティリティトークンの活用法について、弊社事例を交えながら詳しく解説したいと思います。
著者メッセージ
今回も記事を読んでいただいてありがとうございます、リアルワールドゲームスCTOの岡部です。
前回の記事は想像以上の反響があり、ミートアップで「あたらしい経済の記事読みました!」と言って頂けたことも多く嬉しかったです。
他にも
・スタートアップの経営者が社内外にシェアしてくれた
・キャピタリストが読んで弊社に興味を持ってくれた
・有識者の方々とディスカッションさせて頂く機会が増えた
等々、本当にありがとうございます!
リアルワールドゲームスでは2018年12月17日に仮想通貨アルクコイン(ARUK)を発行し、12月24日にプロジェクトペーパーを公開しました。そして、本年1月21日にARUK交換機能をリリースすることができました。
プレスリリース
http://realworldgames.co.jp/news/article20181225.html
http://realworldgames.co.jp/news/article20190121.html
実際に仮想通貨を発行した経験や金融庁ミートアップ等で様々な方とディスカッションした経験も今後の連載に活かして行きたいので、ご質問等ありましたら以下までお気軽にお寄せ下さい。
ディスカッションのご依頼は大歓迎で、出来る限り時間を作りたいと思っています。ぜひ以下までお気軽にご連絡下さい。
◯岡部典孝Facebook
https://www.facebook.com/noritaka.okabe
→この連載の全ての記事はこちら「なぜスタートアップがトークンエコノミーを必要とするのか」