イーサリアムの「デンクン(Dencun)」を解説
暗号資産(仮想通貨)取引所「SBI VCトレード」の市場オペレーション部 清水健登氏によるコラム/レポート連載。今回は「イーサリアムネットワークの次回大型アップグレードであるデンクン(Dencun)」がテーマです。
イーサリアムネットワークの次回大型アップグレード「デンクン(Dencun)」まで一週間を切りました。本稿では、デンクンの概要を簡単に振り返ります。
本文に移る前に、イーサリアム財団のサイトを紹介させてください。イーサリアムについて調べていると専門的な用語が数多く出てきますが、なるべく一次情報(公式サイト)にあたることをおすすめいたします。
中でも開発者向けドキュメントとして和訳された「イーサリアム入門」には、有益な情報がたくさん掲載されていますので、ぜひご覧になってみてください。
日本語の情報は最新でない可能性がありますが、これは翻訳が非営利(無償)の有志によって行われているため(カバー率は84%程度)です。日本語の情報が不足していると思われる場合は、言語を英語に変更して確認されるとよいでしょう。
デンクン(Dencun)とは
デンクンとは、ビットコインに次ぐ時価総額第2位(3月6日現在約68兆円)の暗号資産「イーサリアム(ETH)」をネイティブ通貨とする「イーサリアムネットワーク」の次回大型アップグレードです。イーサリアム財団の発表では、デンクン・アップグレードの日時は3月13日 22時55分(13:55 UTC)頃を予定しています。前回の大型アップグレード「シャペラ(Shapella)」が行われたのは2023年4月13日(日本時間)であり、約11ヶ月ぶりの大型アップグレードです(シャペラについての記事はこちら)。
シャペラ(Shanghai + Capella = Shapella)同様、今回のアップグレードもコンセンサスレイヤーのアップグレード(はくちょう座の一等星デネブ(Deneb))と実行レイヤーのアップグレード(Devcon3の開催地カンクン(Cancun))の2つが組み合わさったアップグレード(Deneb + Cancun = Dencun)となっています。
少し俯瞰して見てみると、今回のアップグレードは、2022年11月にヴィタリック・ブテリン氏(イーサリアム考案者)が投稿したロードマップにおける2段階目(サージ)にあたることがわかり、かつて思い描いていた形とは異なる部分もありながら(5年前はL1をシンプルに保ちL2で複雑な内容を実装する方が良いと考えていたが、現在はL2を複雑化させすぎない方がよいと考えている旨の発言をしています)、実装が着々と進んでいる様子が伺えます。
∨ 2022年11月にヴィタリック・ブテリン氏が投稿したイーサリアムのロードマップ (順にマージ、サージ、スカージ、バージ、パージ、スプラージ)∨
本稿でデンクンのアップグレードに含まれる全ての内容を扱うことは難しいため、ここからはL1とL2の違いを簡単に解説した上で、今回のアップグレードで最も注目されているEIP-4844(イーサリアム改善提案4844)についてフォローしたいと思います(全てのアップグレード内容を確認されたい方はEIP-7569をご覧ください)。
L1とL2(レイヤー1とレイヤー2)
L1(レイヤー1)はベースとなるブロックチェーン(イーサリアムやビットコイン)を指し、L2(レイヤー2)ブロックチェーン(イーサリアムに対するアービトラムワンやオプティミズム)の基盤となります。
ブロックチェーンには「ブロックチェーンのトリレンマ」と呼ばれる課題がありました。トリレンマとは、3つの要素のうち2つしか同時に満たすことができない状況を指します。下図のような三角形において一辺しか取ることができない状況である、と考えることで、イメージしやすくなるかもしれません。
ブロックチェーンのトリレンマ
イーサリアムは分散化とセキュリティを重視してきたため、スケーラビリティ(1秒あたりに処理できるトランザクションの量)を犠牲にしていました(ノードが分散されているため同期に時間がかかり、セキュリティを重視するためトランザクションの検証に時間がかかります)。この状況を改善するために生まれたのがL2です。
L2はL1とは別のブロックチェーンであり、「ロールアップ」と呼ばれる技術によって、L2上で数百件のトランザクションを単一のトランザクションにまとめてからL1に送信します。そうすることで、L1のトランザクション手数料を各ユーザーで分配して負担でき、手数料が軽減されるとともに、L2上で高速なトランザクションを実現できるのです。セキュリティについては、トランザクションデータをL1に送信しているため、L1のセキュリティを継承することができるという仕組みです。
ロールアップには「オプティミスティック・ロールアップ(アービトラムやオプティミズムなど)」と「ゼロ知識ロールアップ(zkSyncなど)」の2種類があり、それぞれ一長一短となっています(前者は検証に時間がかかり、後者は検証するのが難しいという問題があります)。それぞれのロールアップの詳細は、冒頭で紹介した開発者向けドキュメントに詳しいので、さらに深掘りしたい方はご覧になってみてください。
L2とスケーリングの関係は、秒間トランザクション数の推移を確認することで確かめられます。以下は、「L2beat」というサイトが公開しているデータです。
∨ 秒間トランザクション数の推移(青がイーサリアムの秒間トランザクション数、オレンジがL2全体の秒間トランザクション数、緑の四角が特定プロトコルの開始:2019年11月13日~2024年3月5日) ∨
チャート下部の緑色の四角のうち、右から2番目がArbitrum Novaのローンチであり、アービトラムがイーサリアムのスケーリングの歴史の中で大きな転換点を担っていたことが伺えます。一番右の緑色の四角はzkSynk Eraの開始です。
画像右上にある「Scaling factor」は、L2の存在がイーサリアムのスケーリングに対してどれほど寄与しているかを示す指標で、「(L2の7日間トランザクション数 + イーサリアムの7日間トランザクション数) / イーサリアムの7日間トランザクション数」によって計算されます。非常にざっくりした理解としては、「L2があることで約8.93倍のトランザクションを処理できるようになっている」と認識して良いと考えます。
EIP-4844
EIP-4844が注目されている理由は、この提案によって「プロト・ダンクシャーディング」が実装されるためです。プロト・ダンクシャーディングが実装されると、L2におけるトランザクション手数料(ガス代)が今までの1/10になると言われており、より多くのユーザーや開発者がL2(イーサリアムの経済圏)に参入することが期待されています。
プロト・ダンクシャーディングは、名称に「プロト」とついていることからも察せられるように、「ダンクシャーディング」の前段階です。「シャーディング」は、イーサリアムのブロックチェーンを分割する技術であり、「ダンクシャーディング」では、イーサリアムのブロックに「ブロブ」と呼ばれるデータの一時記憶領域を追加することで、L2ロールアップ時の手数料を軽減します。ダンクシャーディングに到達するためには複数のプロトコルをアップグレードする必要があり、今回はその中継地点としてプロト・ダンクシャーディングが実装されます。
先述の通り、ロールアップとは、数百件のトランザクションをオフチェーンでまとめてからL1に送信する技術でした。送信されたデータに不正がないかを確認するために、コンセンサスクライアントはデータを一定期間確認できる必要があります。確認対象のデータがチェーン上に永久に残る場合、クライアントの容量は大きくなり、ノードの実行に必要なハードウェアも大量になります。確認対象のデータがブロブに保存され、1〜3ヶ月は検証可能であることが担保された上で、自動的に削除されるようになると、データを保存しなければならない容量が軽減される、というのが、プロト・ダンクシャーディングが目指す内容なのです。
プロト・ダンクシャーディングの段階では、このブロブは1個だけですが、ダンクシャーディングでは64個まで拡張される見込みとなっており、まだまだ先の話ではありますが、更なるスケーリングが期待されます。
より詳しく探求されたい方には、EIP-4844に加え、ヴィタリクによるFAQなどもレファレンスとしてご紹介しておきます。
トランザクション手数料とL2のTVL
L2のトランザクション手数料が1/10になるとのことですが、現状はどの程度の水準なのでしょうか。growthepieのデータを参照すると各チェーンにおける手数料の中央値の推移を確認できます。
∨ トランザクション手数料の推移(水色がArbitrum One、濃いオレンジがOP Mainnet、薄いオレンジがStarknet、青がBase、紫がzkSync Era:2021年6月1日~2024年3月5日) ∨
Arbitrum Oneの直近値(200.83K Gwei)を基準に考えると、1トランザクションあたり約0.0002ETH($0.73)程度であることがわかります。1/10になった場合、トランザクションあたり約$0.1を切り、個人にとって非常に決済しやすくなることが期待されます(ただし、ETH価格が高騰したらその分ドル建ての単価は上がります)。
選択したネットワークの一日あたりトランザクション手数料の合計も確認します。
∨トランザクション手数料の合計(水色がArbitrum One、濃いオレンジがOP Mainnet、薄いオレンジがStarknet、青がBase、紫がzkSync Era)(2021年5月29日~2024年3月5日) ∨
選択したネットワークに限った累計ですが、一日あたり600ETHを超える日もあることが見て取れます。この累計手数料がどのように推移していくのか(参加者が増えることで1/10よりも多い水準で成長していく可能性が高いと考えています)は、デンクン後のL2の状況を把握する上で継続してモニタリングしておきたい指標の一つです。
最後に、L2全体のTVL(Total Value Locked)について確認します。DeFiに親しい方はTVLと聞いて「プロトコルにロックされている金額」を想起されると思いますが、L2beatにおけるValue Lockedでは、「チェーンに正規ブリッジされた資産 + ブリッジャーによりブリッジされた資産 + ネイティブに生成された資産(アービトラムにおけるARBやオプティミズムにおけるOPなど)」を合計しています。
∨ L2全体のTVL(紫がチェーンに正規ブリッジされた資産、黄色がブリッジャーによりブリッジされた資産、ピンクがネイティブに生成された資産:2019年11月15日~2024年3月6日) ∨
∨ チェーンごとのTVL(2024年3月6日) ∨
3月6日時点のデータではアービトラムがTVL全体の43.8%程度を占めており、L2における影響力の大きさがわかります。また、DeFiLlamaのデータでプロトコル数を比較すると、イーサリアムにおけるDapps(プロトコル)が985件に対してアービトラムは559件と、L2として1位であることから、チェーン上に多くのサービスが存在することがTVLに寄与している状況が見えてきます。
(余談ですが、DeFiLlamaのTVLではプロトコル外のチェーン上の資産を集計していないためL2beatのTVLとは差が生じます。また、プロトコル数2位はバイナンススマートチェーンですが、L2ではないためL2の1位はアービトラムとなります)
L2のTVLは順調に成長し続けており、デンクンによりトランザクション手数料が安くなることでL2への更なる資金流入が見込まれます。また、L2でトップを占めるアービトラムとオプティミズムのガス代はイーサリアムで支払われることから、これらのチェーンの発展はイーサリアム需要にも繋がっていくことが予想されます。
一方で、アービトラムやオプティミズムのガスがARBやOPに置き換わるようなことがあれば(実際にこのような提案は存在します)、L2における通貨需要はイーサリアムではなく各ネイティブトークンへ移っていくというケースも考えられます。
今回のレポートは以上となります。SBI VCトレードでは、各ディーラーが暗号資産のニューストピックをとりまとめた週間レポートを発行しています(あたらしい経済のサイトで読むことができます)。直近の暗号資産市場を振り返るのに最適ですので、ぜひご覧になってみてください。
※ETHの日本語での正式名称は「イーサ」ですが、通称としてのわかりやすさを重視し、本稿では「イーサリアム」と表記しています。
このコラム/レポートについて
国内の暗号資産(仮想通貨)取引所「SBI VCトレード」を運営する、SBI VCトレード株式会社。この記事は、同社の市場オペレーション部 清水健登氏による寄稿コラム/レポート記事です。
<本記事について>
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