金融コンサルから起業、海外事業立ち上げをへてブロックチェーン領域に
−藤本さんはSBI R3 Japanを立ち上げられるまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
僕は理系の大学院を出て、コンサルティング会社に就職しました。当時普通はみんな理系の院を出たらメーカーなどで研究職をするのが普通でしたが、なんとなくそういうレールが轢かれているのが嫌で、コンサルを選びました。
その会社では約10年間、ほぼ金融機関向けのコンサルをしていました。その後コンサルでやることはほぼやり切ったので、起業しました。2000年、まさにIT起業ブームの頃です。
その時僕が立ち上げたのは金融ITベンチャーでした。それまでのコンサルティングという仕事ではなく、自分たちでプロダクトを作って売っていく仕事をはじめました。
そこからその会社は軌道に乗って、そのプロダクトも多くの企業さんに利用いただけていました。その中のお客さんの1社がSBI証券さんでした。そんなきっかけから2008年にSBIホールディングスの傘下に入ることになりました。
実は当時のプロダクトは今でもSBIで使っていますし、その会社もグループ内で合併などありましたがまだあり、僕はそこの役員も兼務しています。ただそれと併せてSBIグループの中でもいろいろな仕事をするようになり、そこから主に海外事業展開を手伝うことになりました。
海外展開事業としてインドネシアやタイでオンライン証券の立ち上げ、ロシアのインターネットバンクの立ち上げなどを担当しました。その頃は社内で「立ち上げ屋さん」のような仕事をしていました。
そして2016年の初め頃、会社で「ブロックチェーン推進室」を立ち上げることになったのです。それは北尾(北尾吉孝/SBIホールディングス代表取締役社長CEO)の発案でした。実は海外事業展開は北尾直轄のプロジェクトが多く、当時彼の下でいろいろな仕事をしていた僕がその立ち上げを担当することになりました。それが僕のキャリアでのブロックチェーンとの出会いでした。
その「ブロックチェーン推進室」でのはじめの取り組みがリップル社とのジョイントベンチャーであるSBI Ripple Asiaの設立でした。そしてその後に日本で資金決済法の改正で仮想通貨(暗号資産)の法律ができることが分かり、SBIとして取引所事業を立ち上げることになりました。SBIの暗号資産取引所SBI VCトレード(当時 SBIバーチャル・カレンシーズ)の立ち上げの際も技術面で関わりました。
R3との出会い
そのように様々なブロックチェーン領域の事業を進めていく中で、R3との出会いもありました。カンファレンスで来日していたR3のCEOであるデビッド・E・ラター(David E. Rutter)が北尾に「これから成長するために資金調達をする」と話があったのです。その打ち合わせの場に僕も同席していましたが、北尾が「よし、この会社に投資するぞ。決めた!」と言って大きな金額の出資が決まりました。
出資によりSBIがR3の外部筆頭株主になり、僕がR3に取締役として入ることになりました。当時はラボとして様々な研究・実証実験をしている段階で、「Corda」のホワイトペーパーはありましたがまだベータ版も出来上がる前でした。SBIとしてもブロックチェーンは戦略的に重要な領域だと捉えていましたので、次世代の金融に活かせるものがそこにあるはずだと考え、彼らと一緒に研究を進めました。
そして「Corda」が出来上がりました。「Corda」がローンチすると海外でいくつかの事例が動き出しました。しかし日本ではやはり言語の壁が大きい。そこで僕たちは日本で本腰を入れるために、R3とSBIとの合弁会社としてSBI R3 Jpana株式会社を作り、主に日本企業向けに活動をはじめたのです。
「Corda」を使った貿易金融プロジェクト「Marco Polo」(マルコポーロ)にSMBCさんに参画いただくなど、おかげさまで日本国内の企業さんにも「Corda」を使っていただけるプロジェクトが増えてきています。そして現在はより「Corda」の利用を推進するために日々活動しています。
Cordaの魅力
−R3に早くから関わっていた藤本さんは、当時「Corda」のどのようなところに魅力を感じましたか?
これまでの弊社メンバーのインタビューでも話が出てきていますが、やはり当時「Corda」のホワイトペーパーを読んで、ビジネスオリエンテッドに作れているとことに魅力を感じました。
その頃僕のところに多くのブロックチェーンプロジェクトの売り込みがあったのですが、技術の新規性を謳うものがほとんどでした。新しいとか、早いとか、確かにそれも大切なのですが、そういうプロジェクトに「じゃあ何に使うの?」と聞くと「それは考えてください!」という話ばかりでした。
もちろん技術は大切ですが、あくまで技術はツール。何かを可能にするために使う物であって、その何かがないとビジネスにならない。
その点「Corda」は違いました。実際僕が R3に入ってからもラボではビジネスのユースケースを探す研究に多くの時間を費やしていました。だからこそ現在に至るまで数多くのユースケースが生まれてきているのだと思います。
どんな技術も大事なのは、何に使うか、そしてどういう社会的な価値を生み出せるかだと思っています。もちろん技術面もちゃんとしていますがあえてそれを前面に出さず、コーポレートミッションに“分散台帳技術を活用した新たな協業プラットフォームを創出し、様々な社会コストの低減に貢献する。”を掲げているのはそういった思いがあるからです。
DXの前に立ちはだかる課題
−まさにその社会コストを下げるという目的のために現在日本ではデジタルトランスフォーメーション(DX)が注目されています。藤本さんからみて、多くの企業がDXを進めるための課題はなんだと感じますか?
2年前くらい前に日本取引所グループの中で分散台帳の実証実験に参加したことがあります。その実証実験は金融機関間でお客様の情報を共有する基盤を作れないかというプロジェクトでした。つまり各金融機関がバラバラに物凄いコストをかけている実施しているKYCを共有できないかという実証実験でした。
お客様の情報は、お客様の了解さえ得られれば簡単に金融機関間で共有できるのではないかと考える方も多いと思います。データが共有できれば同じ人がある金融機関で口座を開いた翌日に、違う金融機関で似たような手続きをせずにスッと口座開設ができるんのではないかと。なぜならその情報のオーナーはお客様ですから。
でもそれがなかなか上手く行きませんでした。もちろんお客様の情報は、お客様自身のもの。しかしそれに付随してそれぞれの金融機関が審査した審査結果は金融機関側のものだという話になりました。だから簡単に結果は共有できないということになりました。
このように技術的には出来ても、業務的には上手くいかないことはあります。DXを進める上でも技術以外のところでいろいろな課題が生まれてきます。それを解決していかない限りは、話は進みません。
だから技術だけでなく、どうやったらみんなが理解して、賛同して、そしてみんながメリットを受けられるのかをちゃんと考えないといけないのです。
そのメリットをどう生み出すか、それはDXにとっても、そしてDXにブロックチェーンを取り入れる際にも大きな課題だと思っています。
ブロックチェーンを使った月次財務情報が生み出す価値
−その課題をクリアするには、参加するメンバーのインセンティブやメリットが重要ということですね。藤本さんは、それらのメリットを含んだブロックチェーンを活用したDXで、どういったアイデアをお持ちですか?
1つアイデアとして僕が考えているのは、企業の財務情報を月次でブロックチェーンに記録し、新たな信用を生み出す、企業の与信/貸付プロセスのDXです。
そのジャンルで、今新しいものとしては住信SBIネット銀行でもやっていますが、トランザクションレンディングがあります。それは会社の日々のキャッシュフローをAIに学習させて、平常時にこれくらい収益があるのであれば、運転資金としてこのぐらい融資しても大丈夫だと判断してレンディングにつなげるという仕組みです。
一方、伝統的な与信の手法は財務諸表(上場企業だったら監査法人お墨付きのもの、そうでなければ監査を通っているもの)を元に、銀行が審査して与信判断をするというものです。
しかしいまだに保証付き、担保付き融資がすごく多いわけです。つまり企業の与信は簡単には判断できないものです。
これの中間があるのではと思ったのです。従来型の財務諸表を審査しての信用格付けと、日々のお金の出入りを見ての審査と。
そこで毎月、毎月、財務データをとることはできないかと考えました。そしてそれをブロックチェーンに刻んでいく。
そのメリットはまず財務データ自体の改ざんがものすごく難しくなる点です。年1回だと改ざんして帳尻を合わせることができても、それが毎月となると不正を働こうとしても相当な労力になる。
このアイデアが魅力的なのは真面目にやっている企業ほど楽でメリットを享受できるようになる点です。ちゃんとした企業は毎月帳簿を締めていますから、それをブロックチェーンに刻んでいけばずっと正しい履歴が残せる。つまり平時からデータを溜めておけるわけです。逆に不正を働こうとしている企業がそれをやるには大きな負荷がかかる。
そしてもっと進めると、財務データだけではなくて、その企業の取引記録などもブロックチェーンに刻んでいけるようにする。そうすればその企業がどんな企業にお金を貰ったり支払ったりしているかのファクトがずっと残せる。そうやってずっとデータをためていくことが、会社の信用を貯めることにつながると考えています。
そしてこれらのファクトを与信に使うことができれば、少なくとも、年1回の財務諸表をもって審査するよりも明らかに精度は上がると思います。
もちろんそのブロックチェーンに書き込んだ内容は企業機密なので公には見られないようにしておく必要があります。でもその企業になにかあったときにお金貸してくれそうな金融機関だけにその情報を共有して、積み上げた信用を審査してもらって、スピーディーに融資を受けることができるような仕組みを作る。そうすると真面目にそういうデータを蓄積してきた会社であればあるほど、すぐに融資が受けられるようになるわけです。
ちなみにブロックチェーンに情報を記録しながら、一部の当事者間だけ情報を共有するという仕組みは、プライバシーを重視する「Corda」のブロックチェーンなら実現できます。
正直者がバカを見るみたいな仕組みは本当に良くないし、社会コストが上がるだけです。本当に真面目な人が救われるインフラを作らないといけないと思っています。ブロックチェーンをDXに活用すれば、こういったことができるインフラになりえるのではないかと思います。
「Corda」が選ばれる理由
−つづいて、実際にCordaをDXに活用した国内事例、そしてそれらがCordaを選んだ理由について教えてください。
豊田通商システムズさんはトヨタグループ間での契約管理を「Corda」のブロックチェーンを使って実現しようとしています。
いくらグループ会社とはいえ、それぞれの企業で正確性は担保しなければいけない。そのために現在はそれぞれの会社においてデータをチェックするという業務が発生しています。そこでブロックチェーンの「信頼できないかもしれないもの同士の信頼を担保する仕組み」が役に立つわけです。
その契約管理にブロックチェーンを使うことで、今まで全てのやり取りに必要だったチェックを無くして、自動化することを目指しています。ただ、個々の契約内容はグループとはいえ当事者以外に漏れると問題になることもあり、ブロックチェーンで自動化したいけれど、プライバシーも重視したい、そういった点で「Corda」を採用いただいています。
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティングさんは、新型コロナウイルスの対応支援の一環として、給付金のデジタル化と給付早期化を目的に「Corda」の採用を検討いただいています。自治体と金融機関で情報を共有して、金融機関から直接申請者に給付する仕組みの構築を目指しています。
そのためには自治体の住民票と金融機関の口座情報と本人を紐付けなければなりません。それらの情報が本当に正しいのかチェックするにはすごく時間と手間がかかります。だからブロックチェーンで金融機関と、市区町村で、データを共有する仕組みを作って効率化を目指しています。しかし取り扱うデータが個人情報と銀行口座の情報ですので、その管理に非常に機密性が求められます。そこでデータを特定の当事者間でしか共有しないブロックチェーン基盤として「Corda」に注目していただきました。
これらのようにデータを集めて管理し自動化したいけれど、プライバシーも守らないといけない、という取り組みに「Corda」はフィットします。
社会コスト低減を目指して
そしてこれらの取り組みをはじめの一歩にして、多くの企業や団体が垣根を越えて情報を流通・共有できるようになると、多くの会社が今バラバラにチェックしているあらゆる無駄がなくせるようになると思っています。他からもらったデータは正しいか正しくないか分からないから必ずチェックをしなければいけないという現状では、どうしても社会的なコストがかかってしまっています。
そんな社会コストを減らすためには、国内のユースケースがどんどんと増えていき「価値がある」ことが目に見える形になっていく、そして協調が生まれていきデータの標準化も進んでいく、だからまずは一部からでも一歩を踏み出していくことが重要だと思っています。
ここで紹介したユースケースはそのための大きな一歩になると信じています。そしてこれからも「Corda」をDXの選択肢として日本国内に普及させることに力を注いでいきたいと思っています。ブロックチェーンがわからなくても大丈夫、それはうちの専門家がサポートできます。
問題はどこに価値を求めるかです。その価値を多くの企業さんと一緒に求めて行きたいです。
取材/編集:設楽悠介・竹田匡宏
撮影:堅田ひとみ
→SBI R3 Japan と「あたらしい経済」の共催オンラインイベントが9月29日に開催!
→「あらゆる企業や業界の業務改善に「Corda(コルダ)」が最適な理由 (SBI R3 Japan ビジネス開発部長 山田宗俊氏 インタビュー)」
→「エンジニアとして語る「Corda」の優位性(SBI R3 Japan プロダクトサービス部長 ソリューションアーキテクト 生永雄輔氏 インタビュー)」