バイナンスVIP&機関投資家責任者にインタビュー
大手暗号資産(仮想通貨)取引所バイナンスが、10月30-31日の2日間、ドバイで「バイナンス・ブロックチェーンウィーク2024:BBW2024」を開催した。あたらしい経済編集部は、バイナンスのVIP&機関投資家の責任者(Head of VIP & Institutional at Binance)キャサリン・チェン(Catherine Chen)氏を現地で取材。チェン氏に機関投資家の暗号資産への投資動向や暗号資産業界でのキャリア形成などについて訊いた。
機関投資家のETFを通じた暗号資産への参入
「ビットコインをはじめとした暗号資産の現物ETF(上場信託)の承認は、長い道のりのはじまりに過ぎない」とチェン氏。
「これまでも暗号資産に興味を持つ機関投資家は大勢いたが、実際に暗号資産投資に踏み切るにはハードルが高かった。しかし今年の米国でのビットコイン現物ETF承認がそのハードルを確実に下げた。大手資産運用会社ブラックロックやヴァンガードらの参入が大きく状況を変えた」とチェン氏は振り返った。
「機関投資家の参入はビットコイン価格の安定化や市場の成熟にも寄与する。今後加速が予想されるこの流れに期待が集まる」とチェン氏は語った。
一方、機関投資家の大半はまだまだ暗号資産市場全体というより、ビットコインにのみ注目している現状もあるという。「従来の投資家が多くの暗号資産を投資対象として真剣に検討するには、資産として一定の規模感が必要。だから現在はビットコインに注目が集まっているのもの事実。ただアルトコインに関しても徐々に採用されていくことを期待している」とチェン氏は語った。
機関投資家をさらに暗号資産領域に招き入れるためには?
機関投資家をさらに暗号資産領域に招き入れるには業界として何が必要か。チェン氏は既存プレイヤーに対する教育の重要性を強調した。
機関投資家として挙げられるのは、主に保険会社、年金基金、政府系ファンド、寄付基金など。それらの投資家が投資可能な商品かに関する判断は、社内の委員会や投資委員会、その他諸々の承認や、時には外部の規制を順守する必要も出てくる。「実際に台湾や香港、中国を例に挙げれば、保険会社が投資する商品に関しては規制に明記されている」とチェン氏。
通常は投資可能な手段としてETFが存在しているが、時には規制当局が原資産クラスを管理することもあるため、より暗号資産そのものへの理解が必要となる。チェン氏は「だからこそ既存のプレイヤーに対して正しい理解を促す教育が重要となる。そして規制当局や伝統的な機関投資家が柔軟な姿勢で理解を進めることも必要だ」と話した。
バイナンスの機関投資家向けの取り組みは?
「機関投資家のさらなる参入を促すため、バイナンスは『VIPプログラム』を提供している」とチェン氏。このプログラムでは、VIPレベルに応じて、取引手数料の割引、オーダーメイドのソリューション、柔軟な取引制限設定、優先的なカスタマーサポートなど、さまざまな特典を投資家に提供している。
なお国内においてはメイカー/テイカー手数料の引き下げやBNB平均保有量の下限が免除されるなど改定したVIPプログラムが12月2日より提供開始される予定だ。
またバイナンスは今年10月に、機関投資家向けに選任のクライアント・マネージャーをつける「バイナンス・ウェルス(Binance Wealth)」というサービスも発表。伝統的なウェルス・マネジメントの枠組みの感覚で、暗号資産取引やステーキングなどを投資家に提供することが狙いだ。
なおチェン氏は「このサービスは金融助言サービスではなく、インフラを提供し、ウェルス・マネージャーの顧客の暗号資産へのエクスポージャーを監督・サポートする技術的ソリューション」だと説明した(ちなみにこのサービスはグローバルに展開するBinance.comプラットフォームを通じて提供されるため、一部の管轄区域では制限がある。現時点では日本での提供開始は予定されていない)。
またバイナンスは昨年12月、サードパーティの銀行パートナーと協力し、世界初となる暗号資産三者契約を締結。これにより、機関投資家は取引担保を取引所外で第三者銀行パートナーの管理下に置くことができるようになった。
「従来の金融市場で一般的に見られる枠組みを再現したこのソリューションでは、機関投資家が最も懸念しているカウンターパーティリスクの問題に対処可能になる」とチェン氏。
投資家は自身のリスク許容度に応じて暗号資産の配分を調整することができ、銀行パートナーが保有する担保は、財務省証券などの法定通貨相当の形で保有することが可能だという。
実際、チェン氏によるとこれらの取り組みでバイナンスへの暗号資産投資に関する機関投資家の問い合わせは増加しているとのことだ。
バイナンスの提供する「VIPプログラム」や「バイナンス・ウェルス」は、従来の投資慣行に慣れた投資家の使いやすい仕組みを暗号資産に持ち込むことで、伝統的金融と暗号資産の架け橋として機能し、機関投資家の参入を加速させる事例とも言えるだろう。
伝統金融から暗号資産業界への転身
2021年にバイナンスへ入社し、現在はVIP&機関投資家の責任者を務めるチェン氏だが、伝統的金融で自身のキャリアをスタートさせている。モルガン・スタンレーやJPモルガンなどのバルジ・ブラケット(一流投資銀行群)で15年以上のキャリアを持つ同氏は、デリバティブ業務に携わり、複数の資産クラスや商品にわたる広範な経歴を持つ。保険会社の年金事業構築や株式派生商品の事業構築、デリバティブ領域でゼロからのビジネス構築・拡大などを経験したという。
このように伝統的金融での輝かしい経歴をもつチェン氏が、なぜ暗号資産業界への転身を決めたのか。決め手の一つは暗号資産に感じた将来性だという。
「暗号資産との出会いは2008年頃。当時から資産クラスとしての暗号資産に将来性があることは間違ないと考えていた。そして時が経つにつれ、いくつかの異なるサイクルを経ても、常に生き残ってきた。これらのことをみても暗号資産は今後も残っていくことは明らか。特に私は過去に専門としていたデリバティブの分野では、暗号資産は近い将来完全に受け入れられると思う」とチェン氏は話す。
またチェン氏は暗号資産業界に転身したもう一つの理由が、挑戦機会の多さだという。「伝統金融の世界は官僚的で、新規ビジネスを立ち上げることはほぼ不可能だった」とチェン氏は当時を振り返る。
「実現不可能なことに時間を費やすより、自身の専門知識や経験を活かして、ビジネスを継続的に構築し、業界の資産クラスを前進させることができる場所として、推進力のある暗号資産業界は、最高の場所。伝統金融から暗号資産業界に飛び込んだことは、自身の職業人生において最高の選択だった」そうチェン氏は語った。
また二児の母でもあるチェン氏は暗号資産業界の働きやすさについて「ブロックチェーンの分散の思想が関係しているのかもしれないが、在宅勤務やノマドワーク等、自身のライフスタイルに合わせて働けることが推奨されている企業が多い。一生懸命働くことは素晴らしいことだが、家族との時間が取れないことはつらいこと。そして女性にとって自由に働ける業界だ」と語った。
最後にチェン氏は「暗号資産やブロックチェーンテクノロジーが受け入れられつつある今、革新性と共通価値がある暗号資産やWeb3の世界は、キャリアをスタートさせるのに素晴らしい場所。多くの若い才能ある人たちや女性に、今後ももっともっと入ってきて欲しい」と語った。
リンク:VIP program/Binance Wealth
インタビュイープロフィール
Catherine Chen
Head of VIP &Institutional at Binance
ケロッグ・香港科技大学(HKUST)でエグゼクティブMBA、国立台湾大学で経済学と国際関係学の2つの学士号を取得。モルガン・スタンレーやJPモルガンで15年以上にわたって伝統的金融業務に携わり、ストラクチャード・デリバティブおよびデリバティブ・ソリューションに精通。複数の資産クラスおよび商品にわたる深い幅広い経験を有する。バイナンスでは、伝統的金融機関と暗号資産業界を結びつけるソリューションを含む、機関投資家向け製品群の開発を主導。VIP顧客、個人トレーダー、中規模の自己勘定取引チーム、およびグローバルな金融機関のグローバルなカバレッジを統括する。
取材/インタビュー/編集/執筆/写真:髙橋知里(あたらしい経済)