Web3で映画を変える。巨匠・黒沢清監督作品『Chime』が「Roadstead」で実現した、新たな作品流通(黒沢清/川村岬)

Web3活用で話題を呼んだ映画『Chime』

ブロックチェーン/NFTを活用して販売された黒沢清監督の映画『Chime』が、この夏劇場公開となり各所で話題を呼んでいる。

Chime』はWeb3型映像販売プラットフォーム「Roadstead(ロードステッド)」のオリジナル映画第1弾作品。劇場公開に先駆け、作品を鑑賞できる権利等を紐付けた999個限定のNFTが4月12日より世界同時販売された。

Chime』はあるチャイムの音をきっかけに、料理教室で講師を務める主人公の日常に異変が起こるさまを描いた中編サイコスリラー。同作は第 74 回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門に出品され場内ではスタンディングオベーションを浴び話題を呼んだ。

今回「あたらしい経済」編集部は、映画『Chime』を監督・脚本した黒沢清監督、そして「Roadstead」を運営する、ねこじゃらしの代表取締役社長 川村岬氏をインタビュー。映画『Chime』やWeb3技術の映画業界への活用の可能性ついて訊いた。

川村岬氏(左)/黒沢清氏(右)

Roadstead」とは?

Roadstead」が「デジタル・ビデオ・トレーディング(Digital Video Trading:DVT )」と名付けた、NFTと作品を紐づけた映画流通の仕組みは、作品を「消費する一過性のコンテンツ」ではなく、「コレクションする価値ある資産」として扱う、映画業界にとっても新しい枠組みだろう。

NFTの購入者は、劇場公開前に作品を楽しめるだけでなく、その鑑賞権利をコレクションしておくこともでき、さらに第三者へのリセール(転売)やレンタル(貸出)、プレゼントも可能だ。NFT購入者は作品を楽しんだ後に転売や貸出によって収益を得られ、さらにユーザー同士のトレードの売上からクリエイターにも権利料が還元される仕組みが実装されている。映画鑑賞者が、クリエイターの活動を経済面で支援することができるわけだ。

なおNFTと紐づいた作品には全てにシリアルナンバーが付与され、主要なDRM(Digital Rights Management)対応がなされている。NetflixやAmazon Prime Videoなどと同等のセキュリティレベルを実現している。

そしてこの「Roadstead」を作った川村氏は、現状の映画/映像の流通に関し、次のような課題を感じていた。

ユーザーはサブスクの大量のコンテンツを消費させられ続け、作品をコレクションする楽しみが失われていること。そして自分の推しコンテンツを紹介したり、SNSでつながっている知人の推しコンテンツを観たりしたくても、その最適な場所が無いこと。

さらにDVD / Blu-ray はコレクションできるが、転売されても著作権者の利益にはならず、そもそも生産量も減少していること。

これらの課題を解決するためのプラットフォームが「Roadstead」だ。映画業界にいながらもエンジニアとしてのキャリアが長かった川村氏。プラットフォームは作ることができても、そこに作品が載らなければ意味がない。川村氏は「Roadstead」で流通できる作品を探し、様々な会社と掛け合った。しかしこの新しい取り組みにすぐに参加してくれるところは、なかなか見つからなかったという。

それならば自分たちで映画を作ろう、そう川村氏は決めた。そして自社で作るのであれば、「Roadstead」のお手本的作品が必要となる。そこで、以前に映画『スパイの妻』で仕事をした、巨匠・黒沢清監督にダメ元で作品作りを依頼した。

制約のない自由な作品づくり

黒沢監督といえば日本映画界を牽引し、海外でも活躍する映画監督として名が高い。国内外での受賞歴も数多く、カンヌ国際映画祭のある視点部門には複数の作品が出品され、審査員賞や監督賞を受賞した経歴もある。前述した『スパイの妻』では第77回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。自身としては2021年に紫綬褒章を受章している。

そんな黒沢監督が、川村氏からの依頼を受けた当時を振り返る。

「お話を頂いて、本当に自由に何をやってもいいと依頼してもらったのが、嬉しかった」と黒沢監督。川村氏からのオファーは「新たな流通に挑戦する作品なので、内容も時間も本当に自由に決めてほしい」という内容だった。ある意味で制約のないという難しさが、黒沢監督をつき動かしたのかもしれない。

そして黒沢監督は、今回の新しい取り組みで、どのような作品が相応しいのか考えた。劇場で公開される前に、一部の観客がデジタルで鑑賞でき、さらにその鑑賞権利が、ある意味、人を介して伝染していくように拡散していく作品だ。

「本当に観たい人が探して観るという作品ならば、『なんだこれ』っていう変なものがきっとふさわしいのかなと。そういうものを望まれているのかなと感じた」と黒沢監督。

「本当に心ゆくまで思う存分”変なもの”を作らせていただいた。自分に依頼が来たということはある意味フィクションとしての価値、変わった価値のあるものが良いだろうと思い『Chime』を撮った。こんな新しいチャンスはあまりないので、自分の中でも本当に気持ちのいい仕事だった」と黒沢監督は振り返る。

口コミで広がる新しいエコシステム

そして『Chime』は劇場公開に先駆け、限られた人(NFT保有者とそれをレンタルしたユーザー)だけが鑑賞できる形で世に出た。NFTのリセールやレンタルを活用して、敢えてじわじわ拡散していくような形で公開された映画となった。

それは川村氏の狙いだった。「Roadsteadは従来とは違うやり方で作品を流通させていくプラットフォームだ」と川村氏。従来のレンタルビデオのようなビジネスモデルと、SNSで個人が推しを共有し合う文化をうまく融合させて、ユーザー同士での口コミを発生させる狙いだ。一気にバズらせるのではなく、じわじわと話題にさせる。作品をNFTを紐づけ、所有者が自由に扱えるようにすることで、サブスクの中で流れている動画ではなく、あなたの持っている1つの作品だと認識してもらう。

Roadstead」は、初めに特定の人の作品購入により製作者側が収益を得られる。その後、上映期間が限られる映画館に比べ、「Roadstead」の作品は長く口コミで広がり続け、ロングスパンでクリエイターにもさらなる収益が還元される仕組みを目指している。

作品の取材時点での販売状況などを訊いたところ川村氏は「初回販売は目標を達成した。そして劇場公開が始まった現在でもレンタルは数百回ぐらい回り続けている」と話す。

ではこのような流通方法をとったことで、鑑賞者に変化は実際あったのか?

黒沢監督は「みんな嬉しそうに、観たよって、映画館で僕の作品を観てくれた時よりも、熱い感じで感想を言ってくれた。この仕組みを使ったことで、鑑賞するという行為の価値が上がっているように感じた」と話す。

ただ映画を観るというより、その権利を保有して観ている、そのような新たな映画体験が「Roadstead」の魅力なのかもしれない。

また今回の取り組みは映画界からも反響があったようで、有名監督をはじめ様々な人々が興味を持っているという話も耳に届いていると川村氏は話してくれた。

マルチなウォレット展開も視野に

ブロックチェーン技術に関しても川村氏に訊いた。

今回『Chime』の購入には「アカウントの抽象化」を活用したオールインワンのクロスチェーン・スマートコントラクト・ウォレット「Blocto Wallet」が採用されていた。川村氏によれば今後は様々なウォレットでの展開を考えているという。

また「Roadstead」のブロックチェーンにはダッパーラボ(Dapper Labs)開発のブロックチェーン「Flow(フロウ)」が採用されている。理由としてFLOWのガス代の低さ、NFT用チェーンであることから技術的な信用性が高いことなどをを川村氏は挙げた。

「価値」で映画を広める

Chime』をきっかけに「Roadstead」の取り組みや仕組みを知ってほしいと川村氏。また、『Chime』の劇場公開後にさらにホルダーが価値を感じてくれたら嬉しいと話す。

映画ビジネスにおいて、大衆向けでない作品は商業作品に比べ、劇場で多くの人に観せるというビジネスモデルが成立しにくい。いい作品がたくさんあるのに歯痒い思いをしている製作者も多いのではないだろうか。

川村氏は、「では価値を上げて、その価値を認めてくれる人に最初に買っていただく。そのほうがもしかしたら健全に映画を作れるかもしれない。大衆娯楽映画だけじゃない、多様性のある作品づくりができれば嬉しい」と語った。

また川村氏は、Roadsteadは若い映画人の参入とも相性がいいと話す。若い監督は、主に興行収入を考えて作品を作りづらい状況がある。「Roadstead」を利用すれば、そういった監督にも機会が与えられてうまく働く仕組みになり得るのではないかと期待を込めた。なお「Roadstead」作品の第二弾は若手監督の工藤梨穂氏に依頼しているという。

工藤氏の作品としての成功はもちろん、「Roadstead」の成功循環モデルにも注目だ。

「フィクション」が与える「一抹の自由」

最後に黒沢監督が映画『Chime』で伝えたかったことを訊いた。

黒沢監督は『Chime』のキャスティングについて言及。今回1番良かったことは同作で主役を務めた俳優 吉岡睦雄氏と作品作りができたことだという。

「普通こういうのってちょっと顔が売れているバイプレイヤーの方か、全く知らない素人かになりますけど、吉岡さんは見たことあるような気もするけど、お茶の間で有名でもなくて。その中間にいるからこそ、そんな人が主演の作品は、この企画にふさわしいんじゃないかなと思ったんです」と話した。

Chime』では、今にも落ちてしまいそうな俗にいうギリギリの人間が描かれているが、同作を撮っているうちに監督自身、主人公を救いたくなっていったという。

「一見どこにでもいそうな男が、それまではどこかうろたえていたのに、最終的にある種の自由と確信を得た。そのように映画を観てもらえたら嬉しい」と黒沢監督。

「劇中でやっているようなことを実際にやってはいけないが、一般的に人々は法律や良心、モラルなどに沿って生きている。しかしそれは一種の不自由かもしれない。フィクションの世界では、そういったものから飛び出てしまう瞬間っていうのは案外気持ちのいいものかもしれない。誰も手にできない、まっとうに生きている人は誰もつかめない一抹の自由がそこにあるのかもしれない。そう感じていただければ嬉しいと思っています」と結んだ。

ちなみに吉岡氏は9月27日に劇場公開された黒沢監督の最新作『Cloud』にも出演している。同作での吉岡氏の演技にも注目だ。

リンク:『Chime』(Roadstead) https://roadstead.io/chime/

映画情報

すべてはチャイムの音から始まったーー
黒沢清監督最新作
吉岡睦雄主演

「一度でいいから、思いつくままに恐ろしいシーンが続けざまに並んでいる映画を作りたかった」黒沢清

料理教室の講師として働いている松岡卓司。ある日、レッスン中に生徒の1人、田代一郎が「チャイムのような音で、誰かがメッセージを送ってきている」と、不思議なことを言い出す。事務員の間でも、田代は少し変わっていると言われているが、松岡は気にすることなく接していた。 しかし別の日の教室で、田代が今度は「僕の脳の半分は入れ替えられて、機械なんです」と言い出し、それを証明するために驚くべき行動に出る。田代の一件後のある日、松岡は若い女性の生徒・菱田明美を教えていた。淡々とレッスンを続ける松岡だったが、丸鶏が気持ち悪いと文句を言う明美に、彼は――。 松岡の身にいったい何が起きたのか。料理教室で、松岡の自宅で、ありふれた日常に異様な恐怖がうごめき始めたのだった…。

吉岡睦雄
小日向星一 天野はな 安井順平 関 幸治 ぎぃ子 川添野愛 石毛宏樹
田畑智子 / 渡辺いっけい
監督・脚本:黒沢 清

音楽:渡邊琢磨
プロデューサー:川村 岬 岡本英之 田中美幸 共同プロデューサー:村山えりか
撮影:古屋幸一 照明:酒井隆英 美術:安藤秀敏 録音:反町憲人 編集:山崎 梓
スタイリスト:清水奈緒美 ヘアメイク:有路涼子 キャスティング:北田由利子
VFXプロデューサー:浅野秀二 リレコーディングミキサー:野村みき サウンドエディター:大保達哉 助監督:成瀬朋一 制作担当:大川哲史
製作:Roadstead 企画:Sunborn 制作プロダクション: C&Iエンタテインメント
配給:Stranger
公式HP https://roadstead.io/chime/
公式X @Chime_roadstead
※2024年8月より東京「Stanger」をはじめ全国の劇場で上映。

取材/インタビュー:設楽悠介(あたらしい経済)
編集/執筆:荘日明(あたらしい経済)
写真:堅田ひとみ

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あたらしい経済 編集部

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これから「あたらしい経済」時代を迎える すべての個人 に、新時代をサバイバルするための武器を提供する、全くあたらしいWEBメディア・プロジェクトです。

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