ブロックチェーンはどう社会実装されていく? 福岡の老舗Web3企業に訊く
福岡県未来ITイニシアティブが、福岡県を拠点にWeb3を活用し事業を行う企業へインタビューをお届けする連載企画。第6回は、福岡県飯塚市を拠点に10年前からビットコインやイーサリアムの研究、そして独自のエンタープライズ向けブロックチェーン「タピルス(Tapyrus)」をさまざまな企業や自治体に提供する、株式会社chaintopeを取材。同社代表取締役CEOの正田英樹氏に、これまでのブロックチェーン事業の取り組みや、提供してきたユースケース、今後の展望などについて語っていただいた。なお取材は、福岡県飯塚市のBA(Blockchain Awakening)にて実施した。
【インタビュー】chaintope代表取締役CEO 正田英樹氏
–正田さんのブロックチェーンとの出会いや、chaintopeを起業することに至った経緯を教えてください。
ここ福岡県飯塚市で、ハウインターナショナルというシステム開発会社を1999年に起業しました。当時飯塚市はIT特区だったんです。日本で最初にIT特区になった3つの街のうちの一つが飯塚でした(他に大垣市と宮崎市)。また飯塚市はスタンフォード大学とも技術提携していました。
さらに飯塚には九州工業大学の情報学部や近畿大学の産業理工学部があり、情報系の学生の多い街でした。そのような環境で、飯塚は日本の中でも七番目に大学発のスタートアップの数が多い街でした。私自身も飯塚出身ではないんですが、九州工業大学の情報学部に通うためにこの街に来て、そのまま起業したんです。
さらに福岡県は、プログラミング言語「Ruby」の開発者の まつもとゆきひろ さんと一緒に、「福岡をRubyの地域にしよう」と推進していました。九州工業大学にも近畿大学にも「Ruby」を研究する教授たちがいて、私たちの会社も彼らと一緒に「Ruby」の開発に力を入れていました。
ビットコイン・チェーンで電子投票システムを
当時はそのような環境で企業向けにクラウドやモバイルの導入支援や自社サービスを開発していたんです。そんな中、一緒にRubyを研究していた近畿大学の山﨑重一郎教授から、ブロックチェーンをやらないかと話をもらったんです。
それが2015年のことです。まだイーサリアムの最初のβ版が出る前の時期です。だからみんなでビットコインを研究して、何か面白いことができないか模索しました。そしてビットコインのブロックチェーン使った電子投票システムを作ったんです。
当時福岡県内で開催されていたグルメコンテストの投票システムにビットコイン・ブロックチェーンを活用したんです。仕組みとしてはカラードコインを使いました。電子投票の際に微量のビットコインをつける仕組みです。ビットコインは当時まだまだ安かったですからね。余談ですが、あの時にみんなに配ったビットコインを使わずに今持っていたら、結構な金額になっていると思いますよ(笑)。
その実証実験で当時Ruby大賞の優秀賞を受賞しました。ブロックチェーンを使った取り組みはとても珍しかったので、グローバル規模でニュースになり、ビットコイン系のメディアでも報じされました。それを見た日本の企業から、会社への電話が鳴り止まなかったのを覚えています。当時もたくさんの大手企業がブロックチェーンに興味を持っていました。
おそらく100社以上とミーティングしたと思います。ただ一般的にはビットコインやブロックチェーンがまだまだ知られていない頃だったので、なかなか事業化に至ることはできませんでしたね。
ブロックチェーンに感じた可能性、chaintopeを起業
ただ私たちはいろいろ開発を進めてみて、ブロックチェーンに大きな可能性を感じていたんです。今振り返ると当時はWeb2.0の真っ只中、GAFAがどんどん大きくなってきている時期でした。そして思ったんです、ブロックチェーンの分散型の仕組みは中央集権的にユーザー拡大するGAFAが取り入れることが難しいはず。だからブロックチェーンならGAFAに勝てるかもしれないと。
それで新たにchaintopeという会社をハウインターナショナルのメンバーで起業しました。前述の電子投票システムやそれを活用したウォレット開発などのブロックチェーンの研究開発は、ハウインタナーショナルでchaintopeというソリューション名として進めていました。ブロックチェーンによる生態系を作りたいという想いから、biotopeを文字った言葉でした。それを社名にして、ブロックチェーンに特化した事業を進めることを決めたんです。
2016年の年末に日本で起業して、その翌年2月にマレーシア法人も設立しました。
オープン性とガバナンスを両立するタピルス
–chaintopeではブロックチェーンに特化してどのような事業を展開したのですか?
国内では複数の自治体と地域通貨の開発を進めていました。岡山県の西粟倉村をはじめ、いくつかの自治体と一緒にICO(Initial Coin Offering)を目指していたんです。金融庁としっかり話をして、当時ほぼローンチできるところまで進んでいました。しかしそのタイミングでコインチェックのハッキング事件が起こり、各方面からストップがかかってしまった。
また海外法人でもドルとユーロと円のバスケット通貨でデジタル通貨を作る構想などを進めていました。カンボジアで政府とも話して進めていたんですが、こちらは不運にも詐欺に遭ってしまい、プロジェクトが頓挫してしまったんです。
創業の頃は、このような苦い経験をしました。当時からブロックチェーンは金融領域に可能性があることは分かっていたものの、まだタイミングが早かったということが、身に沁みました。それでその後は金融以外のユースケースの創出を模索していきました。
2019年11月に「タピルス(Tapyrus)」というエンタープライズ向けのブロックチェーンを自社開発し、オープンソースで提供開始しました。それまではビットコインやイーサリアムのブロックチェーンでさまざまな実証実験を進めていましたが、やはり多くの企業が使うにはまだまだ課題があると感じていたんです。だから自分たちで新しいモデルを作ろうと考えました。
ただし、他のエンタープライズ向けチェーンのように、クローズドなものはダメだと考えていました。私自身、やはりパブリックチェーンが大好きですしね。
だからパブリック型のチェーンのオープン性(透明性)を大切にし、その上で安心して社会に実装するために一定のガバナンス(管理者権限)も両立できるブロックチェーンとして、タピルスを開発しました。
トレーサビリティにフォーカス
–タピルスを活用した事例を教えてください。
金融領域以外のブロックチェーンのユースケースとして、私たちはトレーサビリティに注目しました。そこでタピルスを活用したさまざまなサービスを展開していきました。
初めに取り組んだのは、福岡県が誇るブランドいちご「あまおう」の輸出トレーサビリティ実証実験です。「あまおう」は海外でも人気で高価な商品ですが、当時から香港や台湾では多くの偽物が出回っていたんです。そこで日本から出荷、輸出から現地の店舗に並ぶまでの来歴をブロックチェーンに記録して、現地の消費者が購入するときにORコードでその来歴を確認できるような仕組みを開発しました。
他には飯塚市と一緒に、行政文書の電子交付実証事業も実施しました。住民票や所得証明書の交付にブロックチェーンを活用した実証です。
またCO2排出・削減量の算出及び可視化を実現するサービスなど、エネルギー/環境系の取り組みへのブロックチェーンの活用も複数の実証をおこなってきました。
九州工業大学とは「カーボンニュートラル・キャンパス」プロジェクトとして、節電意識を高める取り組みも実施しました。具体的にはキャンパス内に消費電力量を見える化するモニターを設置。そして電力ひっ迫が予想される当日に送信されるメッセージに応じ、節電行動を取った節電部員に対して、学内で使える通貨「サステナマイル」を付与する仕組みを構築しました。
また昨年11月に、三菱ケミカルとケミカルリサイクルのサプライチェーンを想定したトレーサビリティシステムの実証試験を実施しました。複数の企業にわたるサプライチェーンにおいて、リサイクル原料となる廃プラスチックの種類などの情報を改ざん不可能なかたちで適切に管理・共有できる仕組みを構築しました。
–ここ数年でトレーサビリティにブロックチェーン活用の依頼は増えてきていますか?
はい。お問合せは増えていますね。前述の三菱ケミカルさんとの取り組みも然り、昨今、リサイクル原料の来歴や品質確認の履歴など、製品や素材の環境配慮度を可視化して証明・共有するデジタルプロダクトパスポート(DPP)のニーズが高まっています。
EUではDPPが制度化される見通しです。DPPはブロッックチェーンと相性がいい領域。まだ公開できないですが、今年も複数のプロジェクトでタピルスを活用したDPPの取り組みを進めています。
エッセンシャルワーカーをブロックチェーンで支援
–昨年11月に「Chaintope Greeners」のホワイトペーパーを公開されています。どのようなプロジェクトでしょうか?
「Chaintope Greeners」は、エッセンシャルワーカーが活躍する業界において、社員の貢献行動を正当に評価し、安全および環境意識を高める文化の醸成を目的としたサービスです。こちらもタピルスを活用します。
建築、物流、医療、福祉などの業界で活用いただくサービスです。これらの業界では、安全対策や環境保全が最優先事項です。しかし仕事における気づきやヒヤリハット報告といった安全に対する貢献行動が十分に評価されていないこと、モチベーションの欠如、知識の継承の困難さ、リスクの放置、コミュニケーション不足、業界のイメージ向上の必要性等の課題が挙げられます。
そこで「Chaintope Greeners」導入いただいた企業には、スタッフの貢献行動をブロックチェーンに記録し、その行動に基づいたインセンティブをスタッフ支払う仕組みを提供します。また企業側には、貢献行動を分析した統計データの傾向をダッシュボードで閲覧し、対策を講じることができる仕組みも併せて提供します。
この仕組みを活用することで、業界に携わるスタッフの方々が安全・環境に対する行動を取ることが、直接的に評価とインセンティブに繋がり、業界全体の意識が向上するサイクルの形成をサポートできればと思っています。
ブロックチェーンはどのように社会実装されていくか?
–長くこの領域に関わってきた正田さんからみて、今後ブロックチェーンの社会実装はどのように進んでいくと考えていますか?
これまでお話ししたように、ここ数年私たちはトレーサビリティやDPPなどで、ブロックチェーンを活用して人々の行動変容を促すような部分に注力してきました。その部分でのニーズの増加を実感している今日この頃ですが、近い将来はこの流れに改めて金融的なものが繋がっていくと考えています。
ブロックチェーンは、「情報のインターネット」を「価値のインターネット」にするとよく言われますが、やはりそれには金銭的な要素が重要です。私たちが地域通貨に取り組んでいた頃は、まだまだ時期尚早だったかもしれませんが、ようやく機が熟してきたかもしれません。
私たちもこれまでトレーサビリティの実証などで企業のブロックチェーン活用の地固めをしてきましたが、最終的にはそこに金融領域をクロスさせていくような戦略を考えています。
だからこそ、足元ではタピルスを活用する企業を増やすことに注力していきたいと思っています。国内で事例をもっと増やし、グローバルにも展開していきます。そもそもタピルスはオープンソースですので、いろいろな人に使っていただき、その開発のサポートを私たちがすることで、ブロックチェーンの生態系(chaintope)の発展に寄与していきたいです。
インタビューイ・プロフィール
正田 英樹
株式会社chaintope 代表取締役CEO
1999年7月、ハウインターナショナル創業。2015年頃より共同創業者であった故高橋剛、現CTOの安土らと共にブロックチェーンの研究開発を開始し早期から社会実装に向けた取り組みに注力。2016年12月、ブロックチェーンに特化して事業を進めるべくChaintopeを設立。ブロックチェーンを用いた自律分散型の新たな社会モデルの構築をモットーに様々な分野でのブロックチェーン実装に向けて日々奔走。山口県光市出身、九州工業大学情報工学部卒。
★関連リンク
・株式会社chaintope公式サイト
・タピルス(Tapyrus)
・Chaintope Greeners
・Chaintope DPP
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取材/編集:設楽悠介(あたらしい経済)
写真:堅田ひとみ
取材場所:BA