福岡県発「ワークウェア×ブロックチェーンDPP」
福岡県未来ITイニシアティブが、福岡県を拠点にWeb3を活用し事業を行う企業へインタビューをお届けする連載企画。今回は、福岡の筑豊地区を拠点に、業務用ユニフォームの販売を行う、株式会社ワーキングハセガワの代表取締役 長谷川伸一氏のインタビューをお届けする。なお取材は、福岡県飯塚市でBlockchain Awakeningなどを運営する徳積財団の徳積堂にて実施した。
ワーキングハセガワと「救衣 – sukui」とは?
–ワーキングハセガワの事業について教えてください。
ワーキングハセガワは、福岡県を拠点とするワークウェア(作業服・事務服・白衣・エンカン服など)の企画・製造・販売を行う企業です。1978年に私の父が創業した当時は、ワークウェアをメーカーから仕入れて販売することが主な事業でした。その後バブルの勢いに乗って不動産など事業を拡大したんですが、バブル崩壊しで一時会社も危機的な状況になったんです。
そんな当時、私は東京でパンクバンドのギタリストをしていたんですよ。こう見えて昔はロン毛で、ギターをブンブン振り回してました(笑)。ただ会社のことがどうしても気になって、福岡に戻り父の後を継ぎました。現在は業績を回復させ、仕入れ販売だけでなく、オリジナル製品の製造販売も実施しています。
今年8月に立ち上げた医療ウェアブランド「救衣 – sukui」では、ブロックチェーン技術を活用したデジタルプロダクトパスポート(DPP)の導入を進めているんです。
–「救衣 – sukui」とは、どんなウェアですか?
「救衣 – sukui」は、持続可能な素材を使用し、製品の全ライフサイクルを通じて環境負荷を最小限に抑えることを目指した、医療従事者向けのワークウェアブランドです。お医者さんに医療現場で着ていただく、ネイビー・ベージュ・ブラックのトップスとパンツをラインナップしています。
「救う、衣類」と書いて「救衣」というのですが、このブランド名には、「人」と「環境」を救うという意味を込めています。「救衣 – sukui」には環境に配慮した素材として、本来医療ウェアでは使用ないヘンプ(麻)を使っています。ヘンプはゴワゴワしているイメージがあると思いますが、「救衣 – sukui」に採用したヘンプは着心地がいいように改良されていて、とても滑らかです。
そして素材だけでなく製品のリペアやクリーニングサービスを提供することで、製品の長寿命化を図っています。さらに、回収・リサイクルの仕組みも完備しています。
ブロックチェーンDPPを導入する理由は?
–「救衣 – sukui」に、ブロックチェーン技術を活用したデジタルプロダクトパスポート(DPP)を導入しようと考えた理由は?
DPPを導入して、サプライチェーン全体の透明性を保証し、消費者やビジネスパートナーが環境に配慮した選択をし易くすることを目指しています。
このアイデアに至った経緯としては、欧州の影響が大きいです。みなさんもご存知の通り、欧州が環境への意識が高いことは有名ですが、実際私も現地に視察に行って、その日本との違いを肌で感じたんです。
欧州では多くの商品パッケージにCO2排出量が記載されていますし、消費者がそういった商品を選ぶ意識も高い。すでに欧州では企業へのDPP導入の義務付けが進んでいます。そしてDPPには製品に関する多くの情報が含まれるため、そこに高いセキュリテュも求められています。それを実現するためにブロックチェーンが世界で使われはじめています。
そんな現状を知って、私たちの製品にもブロックチェーンを使ったDPPを導入したいと考えたのです。そしてブロックチェーンを開発できる企業を探していたら、なんと私たちと同じ福岡県にchaintopeというブロックチェーンの開発企業があることを知ったわけです。すぐに公式サイトから問い合わせし、今回一緒に開発をしてもらうことになりました。
–「救衣 – sukui」はDPPを使って具体的に何をトレースしていくのでしょうか?
DPPに関して実証実験からスタートさせるのですが、メインはCO2排出量を全部のサプライチェーン上でトレースしていく予定です。
製造をお願いしている中国の工場の全体のCO2排出量を算出し、私たちの製品の重量で按分して記録していく予定です。その情報をchaintopeの開発するブロックチェーン「タピルス(Tapyrus)」に記録していきます。消費者の方はその情報を、製品につけたQRコードで確認できるようにします。
パンクの精神で、社会の課題にコミット
–そもそも長谷川さんはDPPを採用しようとする以前からブロックチェーンについてはご存知でしたか?
はい、ブロックチェーンにという言葉はもちろん知っていて、情報の改竄が難しかったり、非中央集権的であったりする仕組みは、とってもパンクだと感じていました。強い中央に管理されるのではなく、みんなで情報を共有しようって考え方はまさにパンクの世界。先程お話しした通り元々バンドやっていたので(笑)、とても共感しています。そういう意味でもだから自社の製品にブロックチェーンを使いたいと考えたのかもしれないですね。
パンクの精神に共感していますが、もちろんそのアウトプットが暴力的だったりすると良くないし、社会の課題にコミットしていくというのが企業の使命だと思っています。個人的には社会にとっていい事をアウトプットして、精神的にはドパンクというのが私の目指すスタイルです。
–DPPの採用は、環境への配慮以外にも、御社にとって事業的なメリットはあるのでしょうか?
今後DPPが世界各国で導入されていくにあたって、大手企業はその実装には時間がかかると思っているんです。
なぜならDPPの実装にはサプライチェーンの透明化が求められるからです。仮にその大手企業が現在取引している縫製工場で低賃金で雇用者を長時間労働させている事実があった場合、DPPを実装する前にその問題を正さないといけないですよね。
DPPで透明化されると、都合の悪い事実がバレてしまうこともある。だから大手企業が採用するにはその辺りを改善や、そもそも多数の取引先に情報開示を求めることに時間がかかります。
一方、弊社にはまだ一ラインナップの製品しかないですし、現在組んでいる中国の工場はグローバル企業で、EUとの取引事例もあり情報開示に前向きです。私たちのサプライチェーンはクリーンなんですよね。だから大手企業よりも私たちのような中小企業の方がDPP実装が早くなり、その部分で先んじて消費者の方に信頼や価値を感じていただける。それによって環境に配慮したい消費者の方に製品を選んでいただけるということが、事業的には優位になると考えています。
ただそれを先行できても、ここから得た知見は独占しようとは考えてないです。業界全体で改善してくべき問題だから、競合他社とも分け合っていきたい。まずは弊社とchaintopeさんでシステムを作りデータを蓄積していきますが、ゆくゆくは横展開で広がり、サプライチェーンがクリーンになり、環境問題や人材の問題等が解決されることが理想ですね。透明性のあるサプライチェーンが浸透してほしいと、本当に願っています。
そのために、まずは筑豊の飯塚みたいなローカルエリアから、世界に通用するようなサービスを生み出して、それが話題になってみんなに注目してもらえればと思っています。
業界にブロックチェーンは普及していくか?
–いわゆるワークウェア業界でブロックチェーンを使った事例ってあまり聞きませんよね。
ワークウェア業界では初ではないかと思います。アパレル企業で試験的に実施しているところもありますが、それも数多ある製品の内のまだ少ないアイテムだけだったりしますよね。日本でもトレーサビリティを開示している企業はあっても、ブロックチェーンを使っている事例はまだ少ないと思います。
先ほどからブロックチェーンを使ったDPPのメリットをお伝えしてきましたが、ただまだ開発などは費用面でも高額になるので、正直足元ではビジネス的なメリットを出すのは難しいと思います。だからゴーサインを出す経営者は少ないはず。つまり目に見えるほど売り上げが増えるわけではないのも、現状の事実です。
ただ私はやろうと覚悟しています。それは前述の通り欧州を視察した時の刺激が大きかったですね。欧州の本気で環境問題を考えて動いている姿を目の当たりにし、いずれ日本もそういう時代が来るだろうと思いました。それでは私たちがファーストペンギン的にやっていこうと強く思いました。
–今後の予定や、実証実験のスケジュールを教えてください。
DPPについては年末から年始に実証実験を開始する予定です。その後来年2月ぐらいまでには一旦結果のアウトプットを予定しています。
また、今年11月の「福岡県ブロックチェーンフォーラム2024」や「第5回ブロックチェーンEXPO(秋)」にデモの出品をする予定です。私は消費者が見る画面の設計を担当していますが、消費者が見たくなるような仕上がりにしたくて、優秀なデザイナーと組んで鋭意作成中です。ぜひどのようなものになるのか、見にきていただきたいです(参考:第5回ブロックチェーンEXPO【秋】(11月20日~22日 幕張メッセで開催)の福岡県出展企業)。
そして私たちのようなワークウェアやアパレルの業界以外の企業の方々にも、DPPについて知っていただけたらと思っていますので、ぜひイベントの会場などで声をかけていただけると嬉しいです。
インタビューイ・プロフィール
長谷川伸一
株式会社ワーキングハセガワの代表取締役。 2007年に帰省し、同社の事業再生に取り組む。 2021年には MBA を取得し、同年代表取締役に就任。アパレル業界とテクノロジーに精通し、特に環境問題への関心が深い。2023年には欧州視察を行い、日本でも真の環境配慮が求められていることを強く実感。現在は、医療現場に特化したエシカルなウェア開発や、持続可能なアパレル製品のエコシステム構築に力を注いでいる。
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取材/インタビュー:設楽悠介(あたらしい経済)
編集/執筆:荘日明(あたらしい経済)
写真:堅田ひとみ