日本の電力業界の市場規模は20兆円超え
いま日本だけでなく世界各国でも、かつてないほど大きな変化に直面している巨大な市場があります。それはエネルギー市場です。具体的には、電気、ガス、水道といった公益事業を担う産業を指し、海外ではユーティリティ産業とも呼ばれています。
エネルギー市場の市場規模は巨大です。
日本の電力業界の市場規模は20兆円を超えています(業界動向サーチによる主要企業の12社の売上高の合計金額)。巨大と思われている食品業界(19兆円)や建設業界(17兆円)、製薬業界(11兆円)等よりも、さらに大きい市場なのです。
参考 業界動向サーチ:https://gyokai-search.com/3-denryoku.htm
従来のエネルギー市場は、規制でがんじがらめのレガシーな業界でした。
たとえば電力業界を見てみましょう。一般家庭など小規模な需要家が選べる電力会社は、東京電力や関西電力、中部電力など、電気事業法という法律で定められた10社(旧一般電気事業者)に限定されていました。これらの電力会社が、地域別に独占的に電気の販売活動を行うといった閉鎖的な市場でした。
地域独占の市場ですから、サービス供給者側の競争原理は働きません。すなわち顧客への提供価格の引き下げ圧力がないため、料金が高止まりしている状況でした。実際のところサービス価格としての電気料金についても、供給会社側がコストを積み上げた上で一定の利益の乗せる、総括原価方式という手法で価格が決定されていました。またサービス品質を高める必要もありません。そのため顧客満足度をいかに高めるというサービス品質を高めるための創意工夫やイノベーションが行われづらい状況でした。
しかしいま、その巨大な市場は変革のときを迎えています。その要因を、「規制緩和」「国際的なイニシアチブ」「デジタル化」という3つの観点から整理してみましょう。
エネルギー市場に変革を促す3つのドライバー
・規制緩和
1つ目は、規制緩和です。2016年4月の電力の小売全面自由化を始めとした一連の電力システム改革によって、従来の独占体制は終わりを迎えました。
2016年4月に電力の小売全面自由化が始まり、その翌年2017年4月に都市ガス小売全面自由化が始まりました。2018年7月時点では、電気の小売を許可された企業(小売電気事業者)は502社、ガス小売事業者は67社が新たに登録しています。これによって小売事業者が大幅に増加し、需要家にとってサービス供給企業の選択肢が増えました。
自由化されたことによって供給側に競争原理が働くため、小売価格の低下圧力が加わるだけでなく、サービス面でも様々な差別化が求められるようになります。
たとえば電気とガスのセット割や、時間帯別の割安料金プランの提案などが挙げられます。また緊急時の駆けつけサービスの提供や、他社とのアライアンスを通じた付加価値の提供を行っている企業も増えつつあります。
・国際的なイニシアチブ
2つ目は、再生可能エネルギーを普及させ、またその取り組みに積極的な企業を評価しようとする国際的なイニシアチブです。
たとえば国際的な気候変動の枠組みであるパリ協定では、各国が2030年までにCo2を中心とする温室効果ガスの排出削減量に対する目標を掲げています。日本は2013年比で温室効果ガスを26%削減することを目標としています。これは各国と比較しても、決して低い目標ではありません。
またRE100という国際的なイニシアチブがあります。RE100は、100%再生可能エネルギーでの事業運営を行うことをコミットする企業の集まりです。加盟企業は、GoogleやApple、MicrosoftといったIT系企業だけでなく、GMやP&G、NIKEなど、グローバル規模での業界トップクラスの企業が軒並み名を連ねています。2018年7月現在、世界で140社が加盟しており、うち日本企業は10社となっており徐々に増え始めている印象です。
もう1つ事例を挙げますと、ESG投資という、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮した企業を重視・選別して行う投資が注目を集めています。外資系金融サービス大手のMSCI社によれば、SGI投資の総運用額は日本円にして6,800兆円を超えると算出されています。
これはESGに配慮しない企業は、今後投資対象から外れてしまうリスクがある、とも解釈できます。既にESG投資は無視できないほど大きな影響力を持ち始めているので、機関投資家から投資を受ける上場企業は、今後よりESGを考慮した経営が求められると言えるでしょう。
このように世界各国は国際的なイニシアチブとして再生可能エネルギーの普及を推進し、また再生可能エネルギーに配慮した企業が高く評価され、企業は積極的に再生可能エネルギーを自社のエネルギー供給源として取り入れようとし始めています。
・エネルギーのデジタル化
そして3つ目はエネルギーのデジタル化です。
電力自由化を契機に、家庭や工場などを含む電気の全需要家(約7,700万件)に対して、スマートメーターへの切り替えが始まりました。
スマートメーターは遠隔監視や消費量の見える化など、双方向での情報通信機能を持った高機能のメーターを指します。日本では、2020年代までに、全需要家にスマートメーターを設置する目標で、従来のメーターの切り替えが進んでいます。
従来の検針方法は電力会社の検針担当者が月に1度、需要家に訪問して目視でメーターの数値を読み取るという、非常にアナログなやり方でした。スマートメーターに置き換えられることによって、自動検針で30分毎の電力消費量などを読み取り、そのデータが電力会社(一般送配電事業者)に送信されるようになります。
スマートメーターがもたらすインパクトは、検針員が不要になるだけではありません。エネルギーがデータ化されることによって、そのデータを活用した様々なビジネスが生まれ始めているのです。
たとえば電気の消費者のライフスタイルに応じて、電力料金プランを最適化するサービスがあります。海外では時間帯によって電力料金単価が異なるプランがしばしばあります。その際、電力使用を抑えるためにサービス提供会社である電力会社が、消費者の自宅のエアコンを遠隔で自動制御するといったことが行われています。
またブロックチェーンを活用したビジネスも、旬なトレンドとなっています。太陽光発電を搭載し、電力の生産も行う消費者、すなわちプロシューマーが、近隣の消費者に対して個人間で電力を売買するP2P電力売買の実証実験が、日本も含めて世界の各地で行われています。ブロックチェーンを活用することで、発電側・消費側を紐付け、トレーサビリティを担保しようとする試みです。各地に点在する太陽光発電を始めとする分散電源の台頭と、ブロックチェーンが推進する非中央集権という2つの潮流が、まさに交差しようとしています。
門戸を開いた巨大市場と、拡がるビジネスチャンス
「規制緩和」「国際的なイニシアチブ」「エネルギーのデジタル化」、これら3つのドライバーによってエネルギー市場はまさに大きな変化のときを迎えています。そして変化が起きるところには、必ず新たなビジネスチャンスが存在します。
さらにエネルギー業界で起こっているこの大きな変化は、関連する他業界にも影響を及ぼします。
たとえば自動車業界。自動車業界のメインテーマの1つであるEV(電気自動車)は、バッテリーのコストパフォーマンス向上と、充電の効率化が最大の課題です。電気と密接不可分であるEVの開発・普及のために、自動車業界と電力業界が相互に連携して問題解決に取り組む必要があり、現在、日本も含めて各国で様々な実証実験が始まっています。
また店舗を持つ小売業界にも大きな影響が起きています。大企業を始め、店舗の維持・運営には、巨額のコストがかかっています。その中でも電気料金は、ボディーブローのように重くのしかかっています。そのような状況のなか、エネルギーマネジメントにより電気料金の最適化を図る企業や、太陽光発電パネルの設置による自家発電・自家消費の増加を促進する企業が増え始めています。
そもそも電気と無関係な業界などありません。あらゆる業界に影響を及ぼすのがエネルギー市場です。これまでは所与のものであったエネルギーですが、これからはエネルギーを使う側にもリテラシーが求められる時代になってきたとも言えます。
テクノロジーがどのようにエネルギー市場を変えていくのか?
本連載では、一見小難しそうに見えるエネルギー市場に焦点を当てます。そしてエネルギー市場の大きなトレンドを押さえつつ、日本のみならず海外の最新事例のご紹介を通じて「テクノロジーがどのようにエネルギー市場を変えていくのか?」という問いへの解を見出していきます。
そこでの考察を通じて、エネルギー業界のプレイヤーの方々のみならず、これからエネルギーを活用した事業に取り組もうとされている読者の皆さまにとっても、何かしら事業創出のヒントの提供ができればと思っています。また消費者目線に立って、生活する上での役立つエネルギーのtipsについても、盛り込んでいく予定です。どうぞご期待ください。