パーソナライズされた医療の重要性
藤本:コさん、コスト削減以外にもブロックチェーンが医療にもたらすメリットはどのようなものがあるのでしょうか。
コ:最近「プレシジョン・メディシン(機密医療)」という、患者さん一人一人にその個人レベルで最適な治療方法を選んで施すというこの言葉が業界でよく使われています。それが求められている理由は、当たり前のことですがすべての人々の身体が異なるからです。異なるからこそ、本来はパーソナライズされたケアが一番なわけです。
人々は遺伝子情報もみんな違いますので、同じ薬を飲んでもその反応は厳密に言うと人それぞれ違います。だから本来は薬服用の仕方や量も人それぞれ異なるべきなのです。でも現在はそれができていない。だからこそブロックチェーンを用いて個人の情報を集め、個人がそれを活用できるようにすることで、薬の治癒効果を最大化することもできると思っています。
信頼できるシステムでデータを収集し、そのデータに基づいて、その人にパーソナライズされた治療や投薬が実現することもブロックチェーンが医療にもたらす大きな恩恵だと思います。
そしてこの課題も「メディブロック」のサービスでクリアしていきたいと思っています。
薬の効果も本当は人それぞれで違う
水島:私が「がんセンター」にいたころ強く課題だと思っていたのは、がんの薬が本当に患者さんに効くか効かないかは投与してみないとわからないということでした。
今後は遺伝子情報を調べて、どんな遺伝子の人には効果があるかないかという傾向が分かってくれば、無駄な治療が避けられるわけです。もちろんそうなれば薬代というコスト削減にもなりますし、効果の少ない薬の副作用に苦しむことも減るわけです。
また一般的にどのようなことをしたらがんになりやすいとか、予防になるというような話がありますが、それも人によって効果が全然違うわけです。ある遺伝子を持つ人にとってがん予防に効果がある食べ物や成分なども、他の遺伝子を持つ人にとってはがんを促進する場合もあります。
藤本:知らなかったです、それは大問題ですね。
水島:そう、大問題。だからこそ遺伝子を調べて、それぞれの人に合わせた食生活指導が大事だと思います。だから少し話は外れるのですが、ずっと遺伝子型にあった食事を提供する「ゲノムレストラン」をやりたいと思っています。実は以前知り合いが六本木で営業していたのですが、今は閉店してしまったので、また復活してほしいなと思っています。
藤本:是非できたら行ってみたいです。そして個人の体の情報を、ちゃんと知っておくと、病気の予防にもすごくメリットがあるのですね。例えばある行為に対して病気になる確率が示されていたりしますよね。例えばその可能性が5%上がるとした場合でも、それも本当は10%以上の人もいれば限りなく0パーセントに近い人もいて、その平均でしかないということですよね。
水島:その通りなのですよ。今世の中に出てくる病気のリスクの確率の数字は全員の平均値なのです。本当は個人によって薬の効き方も、病気になりやすさもそれぞれに違ってくるので、個人に合わせることが非常に大事です。
非中央集権だからこそセンシティブな情報も提供できる
藤本:まずは身体のいろいろな情報をできるだけ多く集めて分析し、個人レベルで活用できるようにすることの重要性はすごく理解できました。そこで一つ質問なのですが、そういったことのためになぜブロックチェーンが最適な技術だとお考えでしょうか。
水島:もちろん既存の技術を使って大規模なアンケートや調査をすることもできますが、それはかなり大変です。最近は個人情報保護についての問題もありますので、なかなかそういった情報を個人から取得するのが難しくなってきています。例えば日本に住む人全員に検診してもらって、そのデータを同意の上で提供してもらう、ということは不可能に近いですよね。
そこでブロックチェーンの仕組みを使えば、実現できるかもしれないと思っています。ブロックチェーンとトークンの仕組みを使って、なんらかのインセンティブを分かりやすく作って個人の情報を集め、その情報を非中央集権的に安全に管理する、ということが可能になります。コストも下げて安全性も高められるわけです。
コ:まったくその通りです。これまでも医療データを中央化されたところにすべて集めようという試みは、いろんな国でありました。しかし昨年シンガポールで、そのように中央に集められていた医療情報のハッキング事件が起こったのです。そのハッカーたちは、シンガポールの総理大臣の健康データを盗むことに成功しました。
これは一例ですが、情報をある中央化された一つのところに集めようとすれば、リクスもあります。闇市場のようなところでは、最も値段の高いのが健康データだとも言われます。現在実は多くの人が 健康データを不正に入手しようとしているようです。
このように多くの国の政府は医療情報を中央に集めようとしていますが、その情報漏洩のリスクを完全に防ぐことは、非常に難しいと思います。
そこで私たちは脱中央化されたデータベースが必ず必要だということに気が付きました。もちろんブロックチェーンを活用した脱中央化されたデータベースからも、ハッキングは起こる可能性は確かに残ります。
しかし、もしハッカーがそのデータを盗んだとしても、そのデータを解読するためにはデータごとに異なる秘密鍵が必要になります。そうすると大量のデータを盗んでも全てを見るには、そのデータの数だけ秘密鍵もハッキングして入手しなければいけません。それにはサイバー攻撃をする側もコストと労力が、かなりかかるのです。
つまりブロックチェーンを活用することで、中央管理に比べてデータ漏洩のリスクを非常に低くすることができます。だからこそ医療情報のような大切でセンシティブな情報の管理にはブロックチェーンが向いているのです。
(第3回に続く)
→第3回「医療業界にブロックチェーン技術を普及させるには PoT #04-3」はこちら
←第1回「ブロックチェーンが医療業界にもたらす恩恵 PoT #04-1」はこちら
インタビューイ・プロフィール
水島洋(みずしま ひろし)
国立保健医療科学院 研究情報支援研究センター長
1983年東京大学薬学部卒業。1988年薬学博士。国立がんセンターがん情報研究部室長、東京医科歯科大学オミックス医療情報学講座教授などを経て、現在に至る。ITヘルスケア学会代表理事、医療ブロックチェーン研究会会長など兼務。専門領域はゲノム研究のほか、医療情報学、公衆衛生学、希少疾患・難病、災害など。
コ・ウギュン
メディブロック共同創業者
2006年韓国のKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)にてコンピュータサイエンス学位を取得した後、2008年アメリカのコロンビア大学にてコンピュータサイエンスの修士号を取得。2008年から2012年までサムスン電子でリードソフトウェアエンジニアとして勤める。2012年、慶熙大学歯医学専門大学院にて歯科医の修士号を取得した後、2017年3月まで歯科医として勤務。2017年4月、医療情報システムに問題意識を持ち、ブロックチェーン技術を用いてその問題を解決しようと「メディブロック」を設立。