ENSコア開発者 井上真インタビュー(前編)
外資系大手証券会社でエンジニアを務め、日本からロンドン支社に転勤。その後ロンドンで保険会社での仕事や、イーサリアムベースのイベント管理サービス「Kickback」などのスタートアップ立ち上げに関わり、現在はENS(Ethereum Name Service)のコア開発者を務める井上真(Makoto Inoue/matoken.eth)氏。
日本人としてWeb3領域の最前線で活躍する井上氏に、ブロックチェーンとの出会いやENSのサービスについて語っていただいた。
イーサリアムに感じた可能性
–そもそものブロックチェーンとの出会いは?
ビットコインのことは、スタートアップを立ち上げをやってた2014年頃から仲間から聞いて知っていたんですが、ブロックチェーンに本格的に興味を持ったのは2016年頃です。
当時ロンドンの保険会社でエンジニアをしていたんですが、その会社の社長が面白いものがあると言ってメールをくれたんです。イギリス政府のDLT(分散型台帳技術)の実証について紹介したメールでした。それを読んでいろんなDLTを調べ始めて、イーサリアムのことも知りました。
そしてイーサリアムは、スマートコントラクトをプログラミングができるということが分かり、それならば自分でも触れると思って興味を持ちはじめたんです。
2016年3月ぐらいから、とにかくイーサリアムに関する情報を学びたくて、私自身でロンドンで「London Ethereum Codeup」というミートアップを定期開催するようになりました。そしてその年の6月ぐらいに「The DAO」がはじまったんです。
当時「The DAO」を作ったメンバーはロンドンベースだったんですよ、スロックイットというドイツの会社だったんですが、メンバーの多くはイギリスにいて。私も当時「The DAO」に興味を持って自分で出資したりしていました。
そのようなコミュニティの中で、のちにENSを作ることになるニック・ジョンソン(Nick Johnson)と出会ったんです。当時彼はイーサリアム・ファンデーションで、Geth(ゲス:イーサリアムクライアントソフトの1つ)のエンジニアをしていました。
そんな彼が2017年5月4日にENSをローンチしました。元々イーサリアム・ファンデーションの仕事の一部としてはじめたのですが、別組織で運営することになり、彼がその会社を立ち上げる2018年のタイミングで私もジョインすることになりました。当時は「Kickback」というブロックチェーン系のスタートアップを立ち上げて運営していたので、ハーフタイムで関わることになったのですが、現在はほぼフルタイムでENSの仕事をしています。
–ENSでは、どのようなお仕事を担当したんですか?
私がジョインした頃のENSチームは5人ぐらいと小規模で、ニック・ジョンソンがほぼスマートコントラクトを書いて、ジェフがフロントエンド、そして私はスマートコントラクトも書くし、フロントエンド触るし、データ解析もする、イベントの企画やディスコードのアドミンなど、本当に何でも屋みたいな仕事をしていました。
ただその中でもメインだったのが昨年リリースしたDNSとの連携の仕事ですね。まさかフルリリースまで3年ぐらい時間がかかるとは、当時は思ってなかったですね。
ENS(Ethereum Name Service)とは
–真さんからENSがどのようなサービスか、ご説明いただくことできますか?
0xから始まる複雑な文字列のイーサリアムのウォレットアドレスがありますよね。イーサリアムネームサービスという名の通りでもあるんですが、そのアドレスに分かりやすい名前を紐付けするサービスです。
ウェブサイトを閲覧するときにIPアドレスではなく、任意の文字列のドメインに置き換えることができる、インターネットにおけるDNS(Domain Name System)のようなサービスです。ENSを使うとイーサリアムアドレスを人々が認識しやすい「文字列」と紐付けられます。例えば私の場合だと「matoken.eth」というように。
そしてメタマスクなどでもENSを打ち込んでそれをアドレスに変換してくれたり、イーサスキャンでもESNネームが表示できるようになります。まずこれが一番分かりやすい使い方です。
またENSのことを私たちは「Web3のユーザーネーム」という表現もしてます。
プライマリーネーム、つまり自分のアドレスに対してこの名前ですと、逆に紐付けもできるんです。ユーザーがDApps(分散型アプリケーション)でウォレットを接続した段階で、それがENSとインテグレートされたDAppsであれば、ユーザーのENSネームを表示させることが可能です。ENSはユニスワップ(UNISWAP)やオープンシー(OpenSea)にも対応してます。
今まではアプリごとにユーザーネームが分かれていたんですが、それを共通化できるサービスですね。
さらにIPFS(InterPlanetary File System)の長いコンテントのID ハッシュもENSを表示できますので、IPFS上にDAppsのフロントエンドをおいて、それをENSと紐づけIPFSのサイトを表示させることも可能です。分散型ウェブサイトの実現をサポートすると言ってもいいでしょう。
またイーサリアムだけではく、例えばビットコインやドージコインなどの暗号資産にも紐付けられます。
そしてENSにはテキストレコードを入れられるので、Twitterのアドレスや、アバターの情報となども紐付け可能です。
ちなみにENSは、NFTの仕組みを使っています。ERC-721トークンで固有のアドレスを紐づけています。それぞれのNFTにウォレットのアドレスなどが添付されており、所有者を管理する仕組みです。そしてNFTをユーザー同士で譲渡したり、OpenSeaなどのNFTマーケットプレイスで売買することができます。
NFTブームとENS
–昨年からの世界的なNFTブームは、ENSにも影響がありましたか?
はい、昨年VISAがクリプトパンクスのNFTを買った後ぐらいに、バドワイザーが「beer.eth」というENSを取得したんです。その反響もあってそれまで1日数百ぐらいの規模だった登録が、10倍以上に増えました。
NFTブームでENSの認知も広がったのは嬉しい話ですが、一方ENSはそもそもは決して投機目的を主に登録いただきたいサービスではないです。価格が高騰しすぎると、本当に使いたい人がその名称を使えなくなってしまうので。
だから私たちはその価値を煽るようなことはしないように注意していますし、取得期間を自由に設定できるようにしたり、その期限が過ぎた場合に支払い忘れのユーザーがスナッチ(ひったくり)されないような仕組みを作ったり、また著名人や有名企業の名称を大量所有している人からプレゼントするように促すなど色々策を講じています。
DNSとの連携
−真さんがメインで取り組まれていたDNSとの連携について、教えていただけますか?
昨年8月に「.com」などのセカンドレベルドメイン名(DNS名)とENSを統合することができました。これまでも「.xyz」など試験的に実施していましたが、昨年フルドメインに対応したんです。
具体的にはENSと、「example.com」といったようなドメインが紐付けられ、例えばDNSで「example.com」を所有していれば、ENSにインポートができるようになりました。それによって、自社のサービス名などのURLを、暗号資産の受け取りアドレスに設定できるようになったんです。
よく誤解されるのですが、WEBドメイン「AAA.com」を持ってるからといって、「AAA.eth」をENSで取得できるというわけではないです。AAAの部分が一致しており、その双方を持っていればインテグレートできるようになったわけです。
これによってさらにENSの利用用途が広がると思っています。
(つづく:後編はENSトークンやDAOについて)
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取材/編集:設楽悠介(あたらしい経済)