トークンエコノミーの価値を左右するインセンティブデザインとモチベーションコントロール

特集 ゼロから分かるトークンエコノミー ブロックチェーンは社会をどう変えるのか?

川本栄介

法定通貨の経済圏では埋もれていたステークホルダーに、正当な報酬が支払われることで新しい経済の循環が生まれる。

それがトークンエコノミーだ。

「マイクロペイメント」と「即時的な支払い」というブロックチェーンの技術の下支えがあるからこそ、この新しい経済は実現する。

前回までは、ブロックチェーン技術が可能にする経済の仕組みと、法定通貨にはなかった経済の循環について解説した。

いよいよ、トークンエコノミーの舞台に役者が揃った。次は、その舞台でどんな物語が描かれるのか。役者、つまりステークホルダー一人ひとりにどんな役割が与えられ、小さな経済圏でどう機能するのか。

今回は、トークンの価値を最大化するロジックについて説いていこう。

トークンの価値が高まると、どんな恩恵があるのか?

そもそも、なぜトークンエコノミー形成においてトークンの価値を高める必要があるのだろうか。

解決したい社会課題があるからこそ、新しい技術が生まれ進歩する。

経済や社会の仕組みも人々が望まれなければ、本当の意味での普及は難しい。

トークンエコノミーがブロックチェーンという秀逸な技術に裏支えされた斬新な経済の仕組みだったとしても、人びとの生活をより豊かにするものでなければ、夢物語に終わるだろう。

それでは、トークンエコノミーは私たちの生活にどんな未来をもたらすのか?

「トークンエコノミーは物質的な豊かさと精神的な豊かさをもたらし、より人間らしい暮らしを実現する」

これが今の段階での筆者の答えだ。

特定のサービスやプロダクトに限定された通貨がトークンであり、それらのサービスやプロダクトを中心に循環する小さな経済圏がトークンエコノミーだ。

投機目的になっている仮想通貨のようにその通貨自体に価値を見出しているわけではなく、プロダクトやサービスそのものの価値をトークンが代替している。つまり価値あるプロダクトやサービスがトークンエコノミーの中心であることが前提だ。

一つのトークンエコノミーでは、あるサービスやプロダクトを好んだり、その分野での活動を得意としたりする、同じベクトルを持つ人々がトークンを所有する。「その分野での活動が得意」だからこそ、自身が生業としている分野で経済活動に参加することができる。

例えば、レシピを考えて投稿することを生業としている人。

プロのシェフだけでなく、万人が取り入れやすいレシピを考えるのが得意な主婦も、レシピサイトのエコノミーでは報酬を得ることができる。現在も一部のトップクラスの主婦はテレビ出演や書籍出版などで報酬を得ているが、レシピサイト内にトークンエコノミーが形成できれば、今より多くの主婦達が報酬を得る事ができるだろう。

絵が得意な人はイラストのエコノミー、文章を書くのが得意な人はライティングのエコノミー、ゲームが得意な人はゲームのエコノミーで、それぞれ今よりも報酬を得られるようになるはずだ。

つまり多くの人々が、特性や特技を活かして自身が参加するエコノミーを選択し、正当な報酬としてトークンを手に入れることができるようになる。

現代社会では何かを生業として報酬を得ようとすると、訓練や資格取得が必要だったり、会社に属するために就職活動をしたりしなければならない。

一方トークンエコノミーなら、まずその経済圏に参加するための準備や手間はほとんどなくなる。参加することも参加をやめることも容易でハードルが低くなるはずだ。最初の一歩は「いいね!」を押して評価することかもしれない。

また、そのようなトークンエコノミーが広がれば、複数のエコノミーに参加しながら報酬を得ることができるようになる。そうなると自身の持つ特性を効率的に活用することができる。

好きなことだけをして暮らしていけるかもしれない。

トークンエコノミーの最大の恩恵は、個人が持つ本来の価値を最大限に活かして暮らせるということだと考えている。

ブロックチェーンは人と人を繋げる技術

なぜ、法定通貨の経済圏では人の持つ価値や趣向を活かしきれないのだろうか。

インターネットの登場で、人と人の距離は縮まった。物理的な距離を超えて繋がれるようになったが、その狭いスペースにはたくさんのステークホルダーが存在する。それに加え、法定通貨のような広い経済圏ではそれぞれのステークホルダーのベクトルも多様だ。

例えば現在の経済圏において、絵を描くことだけを生業に暮らしていける人は、そう多くはない。

確かに、個人でECサイトを立ち上げ自分の絵を世界中に向けて販売することは可能だが、大きな経済圏には絵の価値を熟知している人もいればまったく絵に興味がない人も、玉石混交である。

個人の描いた絵の価値を決めるのは、その絵を描いた本人ではないのだ。

大きな法定通貨の経済圏に存在するさまざまな価値観の中で、絶妙にバランスを取りながら価格や報酬は決まる。

純粋に絵が欲しい人がその価格を決めることは稀で、絵とは関係のない要因に影響されながら付いた価値が、絵の描き手の報酬となる。本当に求めている人が直接価値を決めるわけではないので、そこで適正な報酬の設定がなされているかは判断が難しい。

さらに、法定通貨の経済圏では絵の取引に直接的に関わる人しかステークホルダーになり得ない。そこには、ただ絵が好きで絵を評価するだけの人が報酬をもらう仕組みは存在しない。

しかし、絵画マーケットのトークンエコノミーを形成できれば、絵を描いた人だけではなく、絵を評価するだけの人も報酬を得ることが可能だ。絵の取引に直接関わる人だけでなく、「絵」というベクトルを持つ人びとがステークホルダーになり得るのがトークンエコノミーの世界なのだ。

トークンエコノミーでは同じベクトルを持った人と人が繋がりあう。

そこに共通の価値観や目的があるからこそ、真の意味での需要と供給が存在する。

価値を分かっている人が報酬を支払うからこそ正統な報酬が支払われるし、両者の間には中間コストも存在しない。

ビットコインを始めとする仮想通貨の取引でもわかる通り、ブロックチェーンは中央管理者や第三者を介さないに取引を可能にした。

つまり、ブロックチェーンとは、人と人を直接繋ぎ合う技術だと言い換えられるだろう。

トークンの循環を促す「バウンティリスト」の設計

前述のとおり、トークンエコノミーは我々の生活に物質面と精神面の両面で豊かさをもたらすと考えている。

自分が参加するエコノミーのトークンの価値が高まれば、物理的にも精神的にも、個々のステークホルダーにメリットが生じるからだ。トークンの価値が高まるということは、そのサービスやプロダクトの本来の価値を高めるということでもある。

だからこそ、トークンエコノミーという舞台では、役者であるステークホルダーにトークンの価値を最大化するという役割が割り当てられるし、ステークホルダーにはその役割を全うするだけのメリットがある。

たくさんの人がそのトークンを使い、そのトークンをたくさんの人が欲しがれば、そのトークンの価値はおのずと上昇する。

例えばたくさんの人がトークンを使い、何度も何度も報酬を受け取ったり支払ったりする仕組みがあれば、その経済圏で高頻度にトークンが循環する。

つまりマイクロペイメントと即時的な支払いは経済の循環を可能にするし、ステークホルダーに受動的にアクションを起こさせる設計があれば、循環はさらに促進されるのだ。

そしてこの設計に不可欠なのが、「バウンティリスト」だ。

「バウンティリスト」とは、ステークホルダーによる報酬の取引対象となるアクションの一覧だ。この一覧は、ブロックチェーンが可能にする、スマートコントラクトという仕組みで、自動的にプログラムを実行(=コントラクト化)することができる。

リストの中には、アクションの対価としてトークンが支払われるバウンティもあれば、ステークホルダーがトークンを支払うバウンティも存在させることができる。

そしてこのリスト設計の肝は、どこか一箇所にトークンが滞留しないようにすることだ。つまり、一方的にトークンを受け取るだけのステークホルダーを存在させないことが大切になる。

リストにある複数のバウンティをうまく活用すれば、トークンエコノミーに参加するために支払う以上のトークンを報酬として手に入れることも可能になる。

ロールプレイングゲームを思い浮かべてほしい。

クエストやミッションをこなせばこなすほど、ゲーム内でのプレーヤーの価値は高くなる(=強くなる)。

例えるならバウンティリストのアクションはそのトークンエコノミーにおけるクエストやミッションのようなものだ。

誰でも参加可能なこれらのクエストやミッションをコンプリートすると、参加者は成果として報酬を即時的に手に入れることができる。そしてその報酬を元手に次のクエストを行うことができるようになる。

バウンティリストの設計にゲーミフィケーションの概念を活用すれば、参加者にクエストを多くこなさせることができるようになる。そうすると多くのクエストをこなした参加者に、周りのステークホルダーが賞賛されるトロフィー的な要素を与えるような設計も可能だ。そのような要素を設計に盛り込むことが重要なのである。

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インセンティブデザインとモチベーションコントロール

その経済圏に生息するステークホルダーの趣味嗜好や特性を理解していなければ、バウンティリストを作ることは容易ではない。

ステークホルダーの行動心理に訴えかける仕組みがなければ、いくらリストを作成しコントラクト化したところで、ステークホルダーは動いてくれない。

すべてのステークホルダーが取引できるような巧妙な報酬の仕組みと、報酬によって次の行動を促す行動喚起。

筆者はこれを「インセンティブデザイン」と「モチベーションコントロール」と呼んでいる。

マイクロペイメントとスマートコントラクトを使えば、どんな小さいアクションにもインセンティブを発生させることができる。

例えば、「いいね!」で報酬がもらうことができたり、広告を閲覧することで広告主から直接報酬を得ることができたしするかもしれない。法定通貨の経済圏ではあり得なかったインセンティブの選択肢が生まれるのだ。

また、即時的な支払いと取引の見える化で、モチベーションを持続させることができる。アクションから報酬を得るまでに時間を要さないことは、ステークホルダーの行動心理に作用する。これらが上手く作用すると、すぐに次のアクションを起こそうというステークホルダーのモチベーションに繋がり、トークンを手に入れるための良質な意思が働く。

これらすべてのアクションと発生する報酬のやりとりを、ブロックチェーンの耐改ざん性が担保している。ブロックチェーンが可能にする5つの仕組みを土台に、こうしてトークンエコノミーが完成するのだ。

人びとが根源的に求めてきた暮らし

トークンエコノミーの設計には、webサービスなどの既存のビジネス設計とはまったく異なる視点が必要だ。

しかし、そこで実現される未来は、トークンエコノミーだけが描いてきたものではないと筆者は考えている。

特性を活かし、自由に選択しながら、自分の可能性を伸ばして生きていく。

精神的にも物質的にも満たされる経済圏。

トークンエコノミーならそんな社会が実現できるかもしれない。

これは我々人類がかねてから描いてきた未来でもある。

しかし個人の特性を活かした自由な暮らしを実現するための道筋は一つではないし、そもそもトークンエコノミーが目指すところは決して目新しいものではない。

評価経済は個の特性を活かそうとする試みから生まれたものだし、シェアリングエコノミーは遊休資産を効率的に使うことで働き方の多様化を追求している。

誤解を恐れずにいえば、民主主義も社会主義も、人びとの生活をより豊かに、人間的なものにしようとする手段のはずだ。

つまりトークンエコノミーは、たくさんの人が根源的に求めてきたことを実現しようとする、手段の一つなのだ。

トークンの価値を最大化することで、そのトークンエコノミーの循環が促進される。

トークンエコノミーの循環が加速すれば、正当な報酬が手に入るステークホルダーは増え、自由で豊かな生活を手に入れる人びとは増えるのではないか。

だからこそ、トークンの価値を最大化することは社会や人びとの暮らしに大きな意味をもたらす。

ブロックチェーン技術が経済を支え、トークンエコノミーが成立すれば、社会的、人間的な意義の追求に帰結すると考えている。

個の重要性が高まれば、自ずと個人に帰属する範囲は広くなるだろう。

個々が蓄積する日々の営みが持つ意味は増大化する。

次回は、そんなトークンエコノミーの実現において、個の営みの蓄積である「KYC(Know your customer)」がどのように機能して信用を担保するか、その展望を語りたい。

(構成:塩谷雅子)

塩谷雅子
DMMスマートコントラクト開発部 メディアチーム編集長。
元雑誌編集記者。サッカーを中心にスポーツ系メディアに携わった後、2016年DMM.comラボに入社。オウンドメディア「DMM inside」をはじめ、DMM picturesからDMMフットボール事業まで、各種コンテンツの取材、執筆に携わる。仕事の原動力は「熱量」。ブロックチェーン、スマートコントラクト界隈にほとばしる熱気に導かれ、2017年2月より現職。トークンエコノミーの母を目指しながら、小学4年生女児の母も兼務

この記事の著者・インタビューイ

川本栄介

トークンエコノミーエバンジェリスト 日本におけるブロードバンド黎明期の頃からインターネット事業を生業とする。DMM、楽天、サイバーエージェント、SIer、スタートアップなどで主に新規事業を中心に携わる。DMMではオンラインサロンやブロックチェーン関連の事業部長を歴任。現在は独立してトークンエコノミーエバンジェリストとして、日本とインドネシアなど国内外で暗号通貨とブロックチェーンの健全化を目指して活動中。