海洋プラスチックごみ問題にブロックチェーンで挑む、プラスチックバンクの取り組み

特集 ブロックチェーンとトレーサビリティ

海洋プラスチックごみ問題にブロックチェーンを活用

短期的な利益には繋がりにくいものの非財務価値を将来の財務価値として生み出すために、今日、企業は気候変動対策や人権配慮、社内の内部統制に取り組んでいる。日本企業においても持続可能な経営を目指すべく、それぞれの事業によって重要課題を設定し、それに取り組んでいる。

日本国内外300余の企業で構成される大手流通グループであり、小売業では日本で第1位の売り上げを誇るイオングループにおいても、環境指針およびサステナビリティ基本方針のもと、ESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)への取り組みを行っている。

イオンでは2020年9月に「イオン プラスチック利用方針」を掲げ、持続可能なプラスチック利用に取り組んでおり、今年7月には2030年までに国内店舗で50%の再生可能エネルギー導入を目指すことを発表している。

店舗・商品・サービスを通じて、全てのステークホルダーと脱炭素型および資源循環型社会の実現に向けた新たなライフスタイルの定着を推進し、2050年にはCO2排出量ゼロの持続可能なプラスチック利用への完全転換を目指し、2030年までに使い捨てプラスチックの使用量を半減するための様々な取り組みをイオンはスタートしているとのことだ。

そんな中、イオン株式会社はブロックチェーン技術により来歴が保証された原料を使用した掛ふとんを発売することを今年2月9日に発表した。この掛けふとんに使用されている中わたは、フィリピン沿岸地域で回収されたペットボトルを原料にした再生ポリエステルが使用されているという。

この原料の来歴をブロックチェーン技術により保証するのはカナダの海洋プラスチックごみ問題に取り組む企業、プラスチックバンク(Plastic Bank)だ。

今回はプラスチックバンクの海洋プラスチックごみへの取り組みを例に、どのようにブロックチェーンが環境問題をはじめとするESGへの取り組みに活かされているのかを解説をする。

海洋プラスチックごみ問題とは? その現状

image:iStock/solarseven

まずプラスチックバンクを語る上で「海洋プラスチックごみ問題」の現状について解説する必要があるだろう。

海に漂い海岸へ漂着する海洋ごみには様々な種類があるが、最も問題とされているのがプラスチックごみである。海洋ごみの半数以上を占めるといわれているプラスチックごみは、その性質上滞留期間が長く中には400年以上にわたり海の中を漂うものもあるという。

また一度流出したプラスチックごみは自然環境下で破砕・細分化され、マイクロプラスチックと呼ばれる5mm以下の微細な粒子となる。小さなマイクロプラスチックになると回収も難しくなり、自然分解もすることはない。またそれに含有・吸着する化学物質が食物連鎖に取り込まれることにより、生態系に及ぼす影響が懸念されている。

海洋プラスチックによる海洋汚染は地球規模で広がっており、北極や南極でもマイクロプラスチックが観測されたとの報告もある。

こういったプラスチックごみが海洋汚染や生態系に及ぼす影響や船舶航行への障害、観光・漁業や沿岸域の居住環境など人の生活への負の影響を問題視したのが「海洋プラスチックごみ問題」である。

海洋プラスチックごみの80%が陸域由来であり、街から川を伝って流れ出たもので、そしてその大半は未回収の廃棄物や廃棄物管理システムから漏れ出した廃棄物との試算が過去に報告されているが、流出する原因や仕組みは未解明な部分が多いという。

また1950年以降に生産されたプラスチック類は83億トン超で、63億トンがごみとして廃棄されたとの報告もあり、毎年約800万トンのプラスチックごみが海洋に流出しているという試算や、2050年には海洋中のプラスチックごみの重量が魚の重量を超えるという世界経済フォーラム(WEF)によるショッキングな予測も発表されている。

こういった海洋プラスチックごみの82%を占める主要排出源は、東アジア地域及び東南アジア地域であるという推計もあることから、「海洋プラスチックごみ問題」は開発途上国を含む世界全体の課題として対処する必要があり、今後もこの問題は拡大すると考えられている。

プラスチック問題への世界動向

2015年9月に採択されたSDGsにおいて「12.2 2030年までに天然資源の持続可能な管理及び効率的な利用を達成する」、「12.5 2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する」、「14.1 2025年までに、海洋堆積物や富栄養化を含む、陸上活動による汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する」というターゲットが合意された。

それを発端に、2015年12月には欧州委員会がサーキュラー・エコノミー・パッケージを発表。製品と資源の価値を可能な限り長く保全・維持し、廃棄物の発生を最小限化することで、持続可能で低炭素かつ資源効率的で競争力のある経済への転換を図るべく、アクションプランが掲げられた。

また2018年1月に欧州委員会は、2030年までに全てのプラスチック容器包装をコスト効果的にリユース・リサイクル可能とすることや、企業による再生材利用のプレッジ・キャンペーン、シングルユースプラスチックの削減の方向性等を盛り込んだプラスチック戦略を発表。

さらに2019年3月に欧州議会は、食器、カトラリー類、ストロー、綿棒等の使い捨てプラスチック製品を2021年までに禁止する規制案を可決している。

なお日本では2019年6月に大阪で開催されたG20サミットにて「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が共有され、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染ゼロを目指すとしており、3月9日には環境省がコンビニ店に使い捨てのフォークやスプーンの提供規制や使い捨てプラスチックを大量に無償提供している事業者に削減の義務を課すことが盛り込まれたプラスチック新法案も閣議決定された。

このように従来の直線型の経済から循環型の経済にシフトしようという動きが国際的に活発化しており、大手食品メーカーなどでもリサイクル再生PETを利用したペットボトルへの切り替えが進んでいる。

近年での例を挙げると、スイスのネスレの仏子会社ネスレ・ウォーターズがベルギーで販売しているミネラルウォーター「Valvert」に利用するペットボトルをを100%再生PET(rPET)に切り替えることを昨年7月に発表した。

また米ペプシコでは昨年12月に2022年までにEU加盟国9カ国で販売するペプシブランドの飲料ボトルで、バージンプラスチックの使用を停止し、rPETに転換すると発表。

さらに今年2月には米コカ・コーラ・カンパニーの北米ボトラー子会社コカ・コーラ・ノースアメリカはカリフォルニア州、フロリア州と、北東部の数州で、同社ブランド「コーラ」「ダイエットコーラ」「コーラゼロ」「コカコーラフレーバーズ」の13.2オンス(約400ml)容器を、廃棄物をリサイクルしたrPETに切り替えると発表している。

カナダの「プラスチックバンク」の取り組み

そんなペットボトルをはじめとした海洋プラスチックごみを、再生PET(rPET)や再生ポリエチレン(rHDPE・rLDPE)などの原料に加工し、社会問題である「海洋プラスチックごみ問題」に取り組む企業がカナダのプラスチックバンクだ。

プラスチックバンクでは、こういった原料が海洋プラスチックごみ由来であることをブロックチェーン技術により来歴の保証を行っている。なおこのプラットフォームのブロックチェーンにはIBMの「IBM Blockchain Platform」および「Hyperledger Fabric」が利用されている。

プラスチックバンクは現在ハイチ、ブラジル、インドネシア、フィリピン、エジプトで事業を展開しており、各地にて原料となるペットボトルなどの海洋プラスチックごみの回収を行っている。

2021年5月4日現在では、22,774,790Kgのペットボトル回収および再生を行っていること、ごみ収集所が558カ所、収集を行う登録メンバー(コレクター)は26,733名であることもブロックチェーンによって検証済みであるとのことだ。

なおブロックチェーンによって汚職など反社会的な関わりを持っていない原料であることなどの来歴が保証されていることは、再生プラスチックを購入して社会責任に取り組みたいと考えている企業にとっても重要な要素である。

また、ごみの収集には現地人を同社のコレクターとして回収を依頼をしているのだが、その報酬はデジタルトークンによってコレクターに支払われている。

つまりプラスチックバンクのブロックチェーンプラットフォームにより、回収された海洋プラスチックごみの量がブロックチェーンに記録され、その量に応じたデジタルトークンがコレクターの持つスマートフォンへ支払われる。そしてそのごみによって生み出された原料は、回収された場所や海洋ごみで由来であることなどの情報が保証されるという仕組みである。

さらに注目したいのは、同社の収集所にて支払われたデジタルトークンを利用してコレクターは食料品、調理用燃料、学校の授業料、健康保険などと交換ができるようになっている点だ。

プラスチックバンクではこのように「海洋プラスチックごみ問題」や「開発途上国における貧困問題」というSDGsに関わる2つの地球規模の問題に対処をしているのだ(なおプラスチックの原料となる原油の使用は、地球温暖化の主要な原因の一つでもあるため、プラスチックごみをリサイクルすることは、間接的に脱炭素へも貢献していることにもなる)。

このプラスチックバンクの海洋プラスチックごみの収集プロセスは、コレクターの生活を改善する可能性があるため、同社はその原料を「再生プラスチック」ではなく「ソーシャルプラスチック」と呼んでいる。

そして「ソーシャルプラスチック」は世界最大の一般消費財メーカーであるP&Gのカミソリブランドのジレットや、SCジョンソンの一部商品のボトルの他、ふとんやイチゴのパック、サーフボードにまで利用されている。

プラスチックバンクの創業者兼CEOであるデイビッド・カッツ(David Katz)は、世界に大量の海洋プラスチックごみがあることから自社のエコシステムについて「I see plastic as the Bitcoin of the earth and available for everyone.:プラスチックは地球のビットコインであり 誰もが利用できる」と説明をしている。

プラスチックとの私たちのこれからの付き合い方

今回は「海洋プラスチックごみ問題」を中心にブロックチェーン技術を利用した取り組みについて説明をしたが、「プラスチック」に関する問題は、海洋ごみのみならず多くある。

そもそもプラスチックの原料となる原油を使用することは、地球温暖化の主要な原因の一つである。プラスチックの生産拡大傾向がこのまま続くと、パリ協定の目標である「2℃未満」を達成するときに許される2050年の排出量の約15%を、プラスチックの生産および焼却時の排出が占めると試算されている。

前述したような食品メーカーが100%再生PET(rPET)を使いリサイクルする流れや、現在では生分解性プラスチックや植物由来(バイオマス)由来のプラスチックも徐々に実用化の流れに向かってより開発がされている。

しかし現状利用されているプラスチックに全てが代替されたとしても、それは本質的な改善には至らない。

プラスチックを環境中に漏出させないための根源的な解決策は脱プラ(プラスチックを使用しないこと)であるが、私たちの身の回りにはどこを見てもプラスチック製品がありふれており、それが無くなる生活は実施不可能だ。

次善策として生産したプラスチックを人が管理できるシステムの外に漏れ出させないことがポイントであるが、プラスチックを悪者にするのではなく、それを利用する人と社会が行いや考えを改めなければならないのだ。

今回イオンが販売をした「かけ布団」は海洋プラスチックごみをリサイクルした中綿を調達し製品化をしたモノであり、ブロックチェーンによってその来歴が保証された製品である。イオンが掲げる目標の元にこうした製品が販売され、取り組みを発信していくことは、今求められる社会にとって非常に良い取り組みであると考えられる。

より良い取り組みにするのはひとりひとりの消費者が、「海洋プラスチックごみ問題」をはじめとした社会が抱える問題を知り、自分事にし意識を持つことが、より良い社会が生まれることに繋がるだろう。

文:大津賀新也(あたらしい経済)
編集:設楽悠介(あたらしい経済)
images:iStock/solarseven・Alena Butusava
参考:プラスチックバンク

この記事の著者・インタビューイ

大津賀新也

「あたらしい経済」編集部 記者・編集者 ブロックチェーンに興味を持ったことから、業界未経験ながらも全くの異業種から幻冬舎へ2019年より転職。あたらしい経済編集部では記事執筆の他、音声収録・写真撮影も担当。

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