資産性のあるデータを扱うから失敗できない、トークンエンジニアリングの「工学」とは?

特集 トークンエンジニアリングという武器

赤澤直樹

トークンエンジニアリングとは?

ブロックチェーンや暗号資産などを活用した分散型のビジネスやサービスにおいて、重要な要素の一つは「トークン」です。そしてその「トークン」とそれを取り巻くエコシステムをどのように設計すべきか、それを検討するのが「トークンエンジニアリング」です。

Web3.0時代の工学とも言えるトークンエンジニアリングですが、その必要性はどこにあるのでしょうか? 実は、現代社会における時代の要請という側面があります。

キーワードは「失敗(エラー)」です。

そもそもエンジニアリングってなんだっけ?

「トークンエンジニアリング」はエンジニアリングの新興領域の一つですが、では「エンジニアリング」とはそもそも何でしょうか?

日本語訳をするならば当然「工学」ですが、平成10年に公開された『工学における教育プログラムに関する検討委員会』という資料では以下のように定義されています。

『工学とは数学と自然科学を基礎とし、ときには人文社会科学の知見を用いて、公共の安全、健康、福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問である。工学は、その目的を達成するために、新知識を求め、統合し、応用するばかりでなく、対象の広がりに応じてその領域を拡大し、周辺分野の学問と連携を保ちながら発展する。また、工学は地球規模での人間の福祉に対する寄与によってその価値が判断される』

こうして見てみるとエンジニアリング(工学)は、特定の目標に向けて自然科学や人文社会科学の知見を統合していく体系であると分かります。ここでお伝えたいことは、何かの対象を観察すること以上に、積極的にさまざまな知見を「利用」していく側面に重きが置かれているということです。

工学としてのトークンエンジニアリング

トークンエンジニアリングは、コンピュータサイエンス、制御工学、経済学などの既に確立されている実践から得られる学際的な領域です。また、Shermin VoshmgirとMichael Zarghamが行った暗号経済システムの基礎に関する調査で整理されているように、行動経済学、オペレーションズリサーチ、AIと最適化などの多様な分野からも引用しています。

このように広いカバー範囲が必要になる理由は、トークンエンジニアリングの掲げる目標にあります。その目標は、「ユーザーを保護し権限を与え、脆弱性を突いた攻撃や意図しない結果などに対して堅牢なトークン経済システムを設計および作成すること」です。

工学は失敗が許されない領域へ

言うまでもなく私たちの生活は工学の進展に支えられています。

例えば橋を考えてみましょう。人類初めての橋は川に丸太を渡したような質素なものでした。しかし、その後より頑丈でより遠くまで掛けられる橋を探究し建設できるようになってきました。

また、人類が初めて空を飛んだのは、1783年のことです。フランスのモンゴルフェイエ兄弟が熱気球で初めて実現しました。その後、数多の人々による挑戦が行われ、1903年にはライト兄弟が初めて飛行機で空を飛びました。空を飛びたいという人類の果てなき夢は人々を惹きつけ、数々の挑戦を生んできました。

さて、このように橋を作ったり飛行機を飛ばしたりと人類は工学の力を使いながら徐々にできることを増やしてきました。しかし、時代が進み技術が発展するにつれて、一度「失敗」するとそれが取り返しのつかない事態になるレベルへと高度化してきました。

最初は挑戦者がリスクや危険を顧みず挑戦することで工学は進んできました。しかし、現代に至ってはテクノロジーを前提とする社会において、橋は壊れたりすれば渡っている人に危険が及び、風や雨により予想外の不具合が出ることも考えられます。飛行機も一度事故が起きれば、数百人単位での犠牲者が出てしまいます。

つまり技術が進歩し、より多くの人に利用されるようになるに伴い、障害やエラーが許されないところまで来ているということです。もし仮に障害やエラーが発生すれば、人命にも関わることになりかねません。

トークンエンジニアリングが扱う対象は、資産性があるデータです。もしも障害やエラーが発生したら、攻撃を受けて資産が流出したら、などを考えると被害も大きくなります。事実、多くの分散型金融(DeFi)のプロトコルでも攻撃による資産流出や不正なガバナンスなどが起こり、さまざまな被害が発生しています。

信頼性と再現性

失敗(エラー)を防ぐために必要な要素はいくつかありますが、その中でも信頼性と再現性は重要になってきます。

信頼性はある要素や部品そのもの、またその要素や部品を組み合わせたシステムが故障せずに正常に動作する確率や、どうすればより安定した動作を行わせることが出来るかについてを表しています。また誰がいつどこでやっても、同じ結果が得られるところを目指す必要があります。これが再現性ですが、そのためには適切な体系化が必要になります。

信頼性と再現性は私たちの命や資産などを守るために専門化や高度化が進んでいる領域でもあり、現代における工学の最重要命題の一つといっても過言ではありません。

トークンエンジニアリングは企画、設計、モデリング、シミュレーション、テスト、デプロイ、保守運用までをカバーする方法論であり、安定して機能し続ける暗号経済システムを構築するプロセスと言えます。橋や飛行機などと同じように、Web3.0型システムも信頼性と再現性を前提に、様々な条件下で信頼できるように厳密に設計する必要があるのです。

橋を作るように、飛行機を飛ばすように

工学はそもそも特定の目標に向けて自然科学や人文社会科学の知見を統合していく体系であり、さまざまな領域と連携しながら発展していきます。トークンエンジニアリングも例外ではなく、コンピュータサイエンスから経済学までさまざまな知見を統合し利用していく領域です。

工学の進歩により、人類はたくさんのことができるようになりました。しかし、時代が進むにつれ工学が扱う対象は高度化し、失敗が許されないレベルまで到達しました。トークンエンジニアリングが対象としているのは、資産性のあるデータやそれを利用したコラボレーションであるため、仮に失敗(エラー)があれば多額の損害や混乱を招いてしまう可能性が極めて高いといえます。

だからこそ、橋を作ったり飛行機を飛ばしたりするように、安心・安全に当たり前のように利用できるシステムを作るための体系が必要になります。トークンエンジニアリングはこのような時代の要請を受けて「Web3.0時代の工学」として今も進展しています。

→本連載「 トークンエンジニアリングという武器」のこれまでの記事はこちら

参考文献

・工学における教育プログラムに関する検討委員会.「8大学工学部を中心とした工学における教育プログラムに関する検討」

・国立研究開発法人科学技術振興機構.「“飛行のひみつ”チャレンジブック」

・Voshmgir, Shermin and Zargham, Michael(2020). Foundations of Cryptoeconomic Systems

 

 

Head image:iStock/M-Production

この記事の著者・インタビューイ

赤澤直樹

Fracton Ventures株式会社 Co-Founder&CTO 2016年からフリーランスエンジニアとして活動を開始。機械学習やブロックチェーンを利用したアプリケーションの企画設計開発を行う。2019年からはブロックチェーン人材を育成する株式会社FLOCで講師やカリキュラム開発を行う。 2018年から国外のコミュニティを中心に、トークンエンジニアリングの発展・普及にコミットしている。2021年1月末にはFracton Ventures株式会社を共同創業。同社でWeb3.0社会、DAOの普及・到来に向けて啓蒙を含めた活動を行う。