“次世代のお金”のスマートコントラクトを守る「Quantstamp」の挑戦

特集 トークン・メイカー

QuantstampはEthereumのスマートコントラクトの脆弱性を発見するためのセキュリティ監査プロトコルだ。代表のリチャード率いるQuantstampはチームとしての評価が非常に高く、2018年2月に本田圭佑氏の個人ファンド「KSK Angel」から出資を受けており、さらにY Combinatorのアクセラレータープログラムにも参加している。

今回は、チームのHead of Japan and APACである小田さんにニュートリノで「Quantstampの現状、未来を含めブロックチェーン全体の可能性」を取材した。

スマートコントラクトのセキュリティを保つQuantstamp

主にQuantstampがやっているビジネスは2つに分かれます。「企業向けサービス」と「開発」です。企業向けサービスは、企業がブロックチェーンにスマートコントラクトを導入する際に、複数の技術を使って脆弱性がないかのチェックをするサービスです。

そして、開発とはプロトコルの開発です。私たちは2017年11月にICOで約33億円をその開発のために調達しました。どのようなプロトコルかというと、抽象的に言えば「ブロックチェーンのセキュリティを保つプロトコル」です。ブロックチェーン上にあるスマートコントラクトを使えば、たくさんのお金の取引を自動化することができます。

例えばICOをする会社が「〇〇ETHと自社通貨〇〇分を交換する」という内容のスマートコントラクトを書くことができる仕組みです。その仕組みを使えば、人が確認せずともトラストレスな取引が実現できます。

しかし、このスマートコントラクトは人間であるディベロッパーが書く、ただのコードです。もしそのコードに不備や脆弱性があれば、第三者がそのスマートコントラクトを悪用して多額のお金を盗むこともできてしまうのです。

スマートコントラクトの不備により、ハッキングが起こってしまったことで有名なのが、The DAO事件です。The DAOのスマートコントラクトのコードで、たった2行の書き間違いがあった箇所がありました。1行ごとに書いている内容は正しかったのですが、その行の並び順が逆になっていたのです。ディベロッパーのケアレスミスですね。

たった2行のコードの処理順が逆になったことで、残高からお金を引き出すというコードを繰り返すことができてしまい、悪意あるプログラマーが、何度もお金を引き出し、当時約65億円分のETHが盗まれてしまったのです。他にもマイナーが色々なトランザクションの情報を見て、トランザクションの順序を変えることで自分が得をするといった脆弱性もあります。

ブロックチェーンのスマートコントラクトには簡単なものから非常に際どいものまで色々な脆弱性がありますが、私たちはこの脆弱性をあらゆる手段を使って監査し、ハッキングから守ります。いわゆるウォッチタワーみたいな存在です。

今後ブロックチェーンやスマートコントラクトが普及していくにつれて、孕む脆弱性も複雑化していきます。そこに素早く対応して脆弱性を解決し、ブロックチェーンのエコシステムが安全に回るようなプロトコルを「Quanstamp」が開発しています。

さらに、最終的な形態としては「Quantstamp」自体もオープンソースにしてDecentralizedなプラットフォームにしていきたいと思っています。誰でも参加できて、新しい脆弱性やバグを見つけたらQSPで報酬を与えるというマーケットプレイスです。

プロダクト自体を最初に作るのは私たちですが、そのあとはビットコインの安全性をみんなで保つのと同じように、ブロックチェーンのエコシステムをみんなで守るような仕組みにしていきたいです。

小田さんとブロックチェーンとの出会い 

私はイギリス育ちで、23年間ロンドンに住んでいました。大学を卒業してからはゴールドマン・サックスに入社し、16年間債権トレーダーとして仕事をしました。

16年間巨大企業で働いていたので、小規模なベンチャー企業も見てみたいと思い、宇宙ベンチャーに転職しました。転職してみてわかったのですが、宇宙系の事業だと一つのプロジェクトが年単位などザラで、進みがかなりゆっくりなのです。

なので比較的時間が取れることもあり、ビットコインをはじめとした暗号通貨など、別の分野を研究したりしていました。

そのような職業柄、ビットコインという存在は発明当時から知っていました。

しかし、私が宇宙ベンチャーに在籍していた2017年4月に通貨として国に認められたことをきっかけに「これが通貨ならばどういうものなのか」と真剣に調べ始めました。もちろんビットコインには投機としての面白さもありました。しかし、ブロックチェーンというものを深く研究すればするほど、これは革命的だと確信を持ちました。

例えば、私が従事していた証券業界においても、あらゆる業務が変わるかもしれません。証券業の事業の多くは「ブローカー(仲介)」です。何かの取引が行われる際に間に入って取引を仲介し、そこで手数料を受け取るというモデルですね。

しかしブロックチェーンを使えば、たとえ取引手数料をブロックチェーンに対して支払ったとしても、取引額の大小にかかわらずかなり低く抑えることができます。

またトラストレスと言われているように、その取引の信用を担保するために従来は必要だった仲介者が必要なくなるのです。そしてスマートコントラクトは、何かのイベントによってペイアウトがある時にその取引を自動で行うことができる、という点でブロックチェーンの良さを1段階先に持っていくものです。

これによって様々なビジネスが新たにできると思っていますし、既存のビジネスを考えても、例えば金融においては、現状は決済後の手続きが非常に煩雑で人手を要しますが、スマートコントラクトに載せ替えれば、多くの業務が安全に自動化できるなど、様々な業界で業務や契約を効率化することが可能です。



そのような感じで自分でブロックチェーンについて研究を進めていくうちに、「Quantstamp」という会社の存在を知りました。この先に重要になってくるであろうインフラ的な部分をやっているので、ニーズがあって面白そうだなという認識をしていました。

そして2018年4月にブロックチェーンカンファレンスに行った際に、コーヒーを飲んでいたらたまたま「Quantstamp」のCEOのRichard Ma(以下 リチャード)と出会ったのです。

そこで彼と色々な話をして意気投合しました。彼が「Quantstampは日本でこれからビジネスをやっていきたい。リージョナルマネージャーをやらないか。」と依頼されたので、即決しました。

私が「Quantstamp」リージョナルマネージャーになってからまだ1年も経っていないですが、数年分の経験をしたと感じています。ブロックチェーン業界はとにかく早く動くし、様々な業界の人がブロックチェーンやクリプトに興味を持っていて「これから始まる」という感じがとてもするので、毎日が非常に楽しいです。

ブロックチェーンの未来

暗号通貨は遡ると、決済用の通貨です。従来の決済にかかる高い手数料を解決し、よりフラットな決済を実現するための通貨。だから必ず決済・送金領域では普及していくと思います。しかし去年末にすごく値上がりした時にみんなが気づいたのは「今の技術レベルだと世界の決済ツールとしてはまだ早い」ということです。

実際、ビットコインの送金にかかる手数料は跳ね上がったり取引が承認されなかったり、いろんな問題が起こりました。ビットコインの1秒で5-7トランザクションというスピードは世界レベルで見ると極端に遅く、イーサリアムもその倍くらいのスピードしかなく、まだまだです。いわゆるスケーラビリティの問題ですね。

しかしこれに関してはビットコインでもイーサリアムでも解決のためのプロジェクトが走っています。それだけでなく、既に新たに登場している次世代の暗号通貨では1秒に何千ものトランザクションを承認できるというテスト結果が出てき始めています。そう遠くない未来にはスムーズな決済ができる暗号通貨、およびそれを基幹技術としたブロックチェーンが出てくるはずです。

現在でも、リアルタイムの決済が必要ではない「サプライチェーン」の領域などではブロックチェーンが検討され始めています。主に効率の改善が目的ですね。

全体的にいえば、スクリーン上では従来と変わらないインターフェイスでありながら、裏でブロックチェーンやスマートコントラクトが動いているようになっていると思います。

そういう世界観になってきたときに、スマートコントラクトをモニタリングしたり、安全かどうかを精査するという点でインフラになるのが私たち「Quantstamp」だと思っています。

社長のリチャードは「スマートコントラクトは”The Future of Money”だ」といつも言っています。「次世代のお金」になるスマートコントラクトの安全性を保っておくのが「Quantstamp」の役割です。

日本市場にかける想い 

日本ではICOに対しての規制が厳しかったり、ハッキング事件から暗号通貨の安全性への疑問など、ネガティブなことも言われていますが、一方で、アジア地域でのブロックチェーンは非常に盛んに動いています。
金額面で見ても、世界の暗号通貨の半分以上はアジアで取引されています。課題はありますが、マーケットとしては非常に大きいですよね。

日本に限って言えば、仮想通貨やICOに関しての規制はかなり厳しく、日本でICOするのは事実上ほぼ不可能に近いと言えます。

しかし、それは現状がそうなだけで、今後変わってくるはずです。もっといってしまえば、「Quantstamp」が1番重視しているのは仮想通貨やICOというよりも、ブロックチェーン及びスマートコントラクトそのものの技術です。これを日本にしっかりと普及していくための手助けをしたいという思いがあります。

日本の一般的な認知のされ方として、ブロックチェーン=「暗号通貨」で、「詐欺・危ない」「ギャンブル」みたいなネガティブなキーワードが連想されがちです。

しかしブロックチェーンはイコール「暗号通貨」ではないですし、適切な使い方をすれば、危ないものでもありません。

ブロックチェーンそのものの技術という点では、日本の企業はかなり大きな関心を持っていて、リテラシーも高いと思います。ブロックチェーンを検討したい、もしくはどのようなものなのか把握したいという意思が非常に強いです。私たちはそのような企業を増やしてブロックチェーンを正しく理解する手助けをし、エコシステムを広げていきたいと思っています。

ブロックチェーンは「さあやろう」と思ってすぐにできるようなものではありません。長期的な視点を持って取り組む必要があり、2-3年後に日本で何かやりたいといっても遅いと思います。

Quantstampでは、2つの主軸事業のうち、企業向けの監査事業では、コンサルやアドバイザリー的な役割もしています。多くの企業の相談にのっているので、ブロックチェーンが各業界でどのようなニーズがあるかも理解しています。すぐの導入でなくとも、ビジネスでいかにブロックチェーンを使っていくのか、というナレッジを今のうちに溜めながら、近い将来来るであろう本格的な導入のタイミングのために備えて欲しいと思います。



また、将来のための土壌づくりという意味では、学生やエンジニアのコミュニティも大事にしていきたいと思っています。

5年後にブロックチェーン業界で活躍しているエンジニアは、今大学生くらいの年代だと思います。そういう人を今から応援していきたいと思っています。実際、大学で講演したり、共同研究もしています。今後は、ブロックチェーンを知らない学生にも興味を持ってもらえるように、新しい取り組みも増やしていきたいと思っています。

(編集 飯田涼・竹田匡宏)

この記事の著者・インタビューイ

小田啓 Kei Oda

「Quantstamp」Head of Japan and APAC 23年間ロンドンで育ち、ケンブリッジ大学卒業後、ゴールドマンサックスに入社。ロンドン及び東京で16年間債券トレーダーを務める。その後、宇宙ベンチャーにて、マーケティング、営業、資金調達などを経験。2018年4月、Quantstampに参画。APACを中心に、世界の企業がブロックチェーン及びスマートコントラクト技術をスムーズに導入できる為の支援を行っている。