TradFiやTechの有識者が東京に集結
金融サービス大手の英スタンダードチャータード銀行のセミナー「トレジャリーリーダーシップ フォーラム2024 “The Blueprint for Tomorrow”」が7月1日、ザ・キャピトルホテル東急(千代田区)で開催された。国内の企業向けに開催された招待型セミナーだ。このイベントでは、伝統的な金融やテクノロジーをテーマにした7つのプレゼンテーションやトークセッションが行われ、当日は国内外の企業から戦略部門・デジタル部門の担当者ら、約80名が参加した。
本記事では、このイベントの様子やスタンダートチャータード銀行の開催に込めた想いについてお届けする。
英国に本社を構えるスタンダートチャータード銀行は、世界中で53カ国に拠点ネットワークを持ち、8万人以上の従業員を抱える国際的金融サービス機関だ。今回開催されたイベントシリーズは昨年から始まったもので、同行の主だった海外拠点で開催されているという。具体的にはロンドン、パリ、ドバイ、シンガポール、上海、香港、韓国などでの開催を経て、日本では今年で2回目の開催となった。
現実のビジネスシーンでのテクノロジー活用を見出す1日に
イベントのオープニングは、スタンダードチャータード銀行東京支店のCEOである浅井勇介氏が務めた。
浅井氏によれば、昨年のイベント「The future point of Metaverse(メタバースの未来)」ではコンセプチュアルな話をメインに、新しい領域を概括的に伝えられたという。
そして今回の「The Blueprint for Tomorrow」は、得た知見を実務にどう活用していくかを探求する構成になっているという。現実のビジネスシーンにおけるテクノロジーの活用方法やそういった機会を見つける1日になってほしいとの期待が込められている。
また昨年のイベントを機に、同行グループのベンチャー投資&インキュベーションユニットであるSCベンチャーズ(SC Ventures)がMoUを締結した企業もあり、今年もそのような機会に恵まれると嬉しいと冒頭の挨拶で浅井氏は述べた。
共創で開くビジネスの可能性
次に、SCベンチャーズのティモシー・ロー(Timothy Lo)氏の同行グループの取り組みに関するプレゼンテーションが行われた。
6年前に設立されたSCベンチャーズ部門では、スタートアップやフィンテックへの投資、様々なビジネスモデルの探求、ベンチャーの組成を行っている。また銀行のCVCでもある同社は戦略的投資も担当しているとのことだ。
ロー氏によればWeb3はSCベンチャーズの主要な柱のひとつだという。具体的な事例として、機関投資家向けの暗号資産のカストディソリューションを提供するゾディアカストディ(Zodia Custody)やデジタル資産取引所及び仲介プラットフォームを提供するゾディア・マーケッツ(Zodia Markets)、資産トークンナイゼーションプラットフォーム「リベアラ(Libeara)」等を紹介した。
ちなみにゾディアカストディはSCベンチャーズが米大手資産運用会社ノーザントラスト(Northern Trust)と共同で設立した企業だ。昨年4月には、SBIホールディングスから出資を受けている。
またロー氏は、同行グループがネットワークを持つ拠点を記した地図を基にプレゼンテーションを実施。世界中にネットワークを持つ同行グループにとって、地理的な問題は障壁ではないとアピールした。特にアジア、アフリカ、中東などのエリアにおける同行グループの強みを示した。
さらにロー氏は、パートナーシップの重要性を強調。効果的なパートナーを特定し、マーケットのギャップを埋めていく事が重要だとし、多様なマーケットリーダーを戦略的提携先とすることで、様々な専門知識をGTM(Go-to-Market)に活かすことができると述べた。
また共創はパートナーの増加にも寄与するため、銀行にもクライアントにも新たな価値を創造できるとした。
またSCベンチャーズはイノベーションという部分でAIソリューションパートナーと協力し、デジタル資産を銀行に組み込む方法を模索しているという。具体的にはステーブルコインの活用方法などで、関連事例としてカーボンクレジットのトークンナイゼーションやトークンのスワップを実施した事例を報告した。
最後にロー氏は、SCベンチャーズの目標を「パートナーを見つけて共創していくこと」だと述べ、昨年のイベントでも素晴らしいパートナーとMoU締結の機会を得たので、今年も昨年以上の数のパートナーとMoUを締結出来たらと意欲を見せた。
イベントのハイライト
このイベントでは、業界の専門家及び有識者らが一堂に会し、進化する顧客ニーズや、強固な技術インフラストラクチャーの構築、デジタル資産保護のための暗号資産カストディアンの重要性、デジタル取引と金融の新時代への道筋など幅広いテーマについて語り合った。
またWeb3領域の話では、デジタル資産のみならず、メタバースやAIについてのセッションも織り込まれ、テクノロジーと想像力が融合する新たなデジタルフロンティアについて議論された。
登壇テーマ及び登壇者は下記のとおりだ。
「Unleashing Capital from Supplying Chain Digitization(サプライチェーンのデジタル化で運転資金を解放)」では、NECの金融ソリューション事業部門 デジタルファイナンス統括部 ディレクターである行武徹也氏と、タスコネクト(TASConnect)のCEOであるキングシュク・ゴーシャル(Kingshuk Ghoshal)氏がセッションを行った。
タスコネクトは、サプライチェーン・ファイナンス・プラットフォームを提供する企業だ。SCベンチャーズの完全子会社であり、NECとは戦略的パートナーシップを結んでいる。また最近では、コンピューターメーカーのレノボ(Lenovo)との協業実績などを持つ。
同セッションでは共創関係にある両社が、日本のビジネス環境を取り巻く厳しい要因をDXでどのように解決していくか、そしてタスコネクトがNECをはじめとした日本市場に関心を持っている理由について話された(※詳細のレポートはこちらから)。
次のセッションは「Web3 & Metaverse / Evolution of Technology and User Experience(Web3 & メタバース / テクノロジーとユーザー・エクスペリエンスの進化)」だ。
同セッションには、KDDI 事業創造本部 Web3推進部 3G グループリーダー 矢島葉介氏、クラスター株式会社のCEOである加藤直人氏が登壇。日本国内におけるメタバースのユースケース等が紹介された。モデレーターはスタンダートチャータード銀行東京支店 キャッシュ・マネジメント部 トランザクション・バンキング本部 部長の水口正彦氏が務めた。
次に昼食を兼ねたネットワーキングを経て、午後のセッションの1つ目は「AI-Driven Analytics for Visualization and Assessment of Investment Risks(投資リスクの可視化と評価のためのAI駆動型アナリティクス)」がテーマ。
監査法人アーンスト・アンド・ヤング(Ernst & Young:EY) ストラテジー・アンド・トランザクションから、デジタルリーダーのデイビット・ウェブ(David Webb)氏とLMMエンジニアの山本有基氏がAIとデータアナリティクスの活用機会に関するセッションを行った。
続く「SC Ventures: Japan Digital Week(SCベンチャーズ:ジャパン・デジタル・ウィーク)」というプレゼンテーションではSCベンチャーズからアプルヴ・スーリ(Apurv Suri)氏が登壇。提携における関係構築の方法やパートナリングプロセスについて、量子コンピューティングやAI、メタバースなどの新興技術との提携についての講演が行われた。
次のセッションは、「Disruption in Finance: Fintech, Start-ups and Innovation in Japan(金融における変革:日本におけるフィンテック、スタートアップとイノベーション)」だ。
エレバンディ・ジャパン(Elevandi Japan)からビジネス&エコシステム開発のチッキー・バヴナン(Chicky Bhavnan)氏、ハビット(Habitto)の共同創設者兼CEOであるサマンサ・ギオッティ(Samantha Ghiotti)、スマートペイ(Smartpay)のCRO兼MDの大坪直哉氏、マイクロソフト(Microsoft)の日本・韓国担当 、トランスフォーメーション・リーダーのアミット・ランジャン(Amit Ranjan)氏が登壇し、日本におけるフィンテック領域の課題や勝ち筋の模索に関する熱いトークセッションが行われた。モデレーターはSCベンチャーズのティモシー・ロー氏が務めた。
続く「Enablers for Transformation in Financial Services(金融サービス変革の可能性)」では、スタンダードチャータード コーポレート&インベストメント・バンクのデジタル・プラットフォーム&プロダクト兼デジタル・チャネル&データ分析グローバル統括責任者であるサンデー・ドミンゴ(Sunday Domingo)氏が講演した。
ドミンゴ氏は本日のイベント全体の講演内容を振り返り、スタンダードチャータード銀行としてそれらのトピックをどのように活用するかを紹介した。
またブロックチェーン、暗号資産についても触れ、銀行が有する強力なリスク管理の文化や実務、ブロックチェーンへの深い理解を持ってすれば、伝統的金融にとってこの領域は付加価値を付けられる機会になると指摘した。
ドミンゴ氏は、同行がすでに行っているカストディ業務を例に挙げ、デジタル資産を安全に守ることができるカストディアンは、特に法人顧客にとって重要だと強調した。
また同行は法人顧客向けに、既存の伝統的金融資産とデジタル資産を一括で管理できるプラットフォームを提供しており、この動きも一つの分野として非常に大きなチャンスがあると見ているという。
次にドミンゴ氏はクロスボーダー決済について言及。リップル社(Ripple)や米サークル(Circle)を例に挙げ、国連が難民支援にステーブルコインUSDCを使用した事例を紹介した。
また、クリプトネイティブは増加傾向にあり、各社決済機関が暗号資産の導入を推進しているとドミンゴ氏は指摘。銀行業界においても、ブロックチェーンテクノロジーをベースにした新たな決済コンソーシアムが組成されており、それに参画する同行が先月、ユーロ建てのクロスボーダー決済をシンガポール・香港間で成立させたと報告した。
こういったユースケースには非常に大きな商機があるとドミンゴ氏はみているという。さらにシンガポール金融管理局(MAS)と協力の上、資産のトークンナイゼーションにも注力しているとし、現実資産(RWA)のトークンナイゼーションは、中小企業及び機関投資家以外の投資家がRWAにアクセスしやすくなるとのメリットを指摘した。
最後にドミンゴ氏は「イノベーションのためのイノベーション」ではなく、「共創のためのイノベーション」だと述べ、まさにデジタル・データソリューションは共創の結果の産物だと強調した。
自由な環境で共創を目指す
イベントのクロージングはスタンダードチャータード銀行東京支店 マネージングダイレクター トランザクション・バンキング本部長の田原欣尚氏が務めた。
田原氏によれば、同イベント開催のポイントは2点あるという。
一つ目に、金融機関が主催するイベントとしては新しい分野という点を挙げた。同イベントはオープンかつ自由に情報を分け合い、面白いことを共創する狙いがあり、ネットワーキングを目的としている点も国内外の他行が実施するフォーラムとは趣の違うものだという。
銀行などが開催するイベントは通常、(為替の見通し報告や今後の経済予測等を織り交ぜながら)一方的なコミュニケーションで行われる傾向にあると田原氏。しかし、同イベントでは、「共創のため(Co creation)」をキーワードに、参加型のイベントを目指しているという。
筆者も取材をしていて、同イベントでは実顧客のユースケースが数多く紹介され、自身の事業への活かし方を想像しやすいと感じた。また参加者が積極的に知見を共有しあっている姿も数多く見られた。
また2点目は、昨年と比較し、ライブケースが増加した点だという。田原氏は30年以上銀行を見てきた自身の経験から、近年、伝統的金融の変革を感じていると話す。
イノベーションという観点でみても、30年ほど前まではいわゆる担保付商業ローンがプロダクトであり、その後、シンジケートローン、ノンリコースローン、ストラクチャードファイナンスや証券化、デリバティブ等、そういったイノベーションがプロダクトとして進化を遂げたが、それはあくまで銀行側のプロダクトアウトの発明イノベーションだったように思うと田原氏。
一方で、近年感じているDXデジタルイノベーションは、マーケットのみんなと一緒に作り上げていくイノベーションだと痛感しており、実際に商業化が進んでいるのを目の当たりにすると、伝統的金融とデジタルの融合はすぐそこまで来ていると感じているという。
また、同イベントの企画者であり司会を務めた水口氏によれば、国や政府といった機関のサポートが日本においては必要なのではという声を主催側及び参加側から耳にしたという。その点も今後の課題の一つになってくるのではと予想した。
一方で、ライブケースやビジネスモデルは今後もより増えていくため、政府や公的機関の後押しやイニシアティブも並行して進む可能性も感じていると水口氏。引き続き、みんなで「創造のためのイノベーション(Innovation for creation)」をやっていきたいと話す笑顔が印象的であった。
また、特にイノベーション及びデジタルの部分での日本におけるビジネスチャンスは、まだまだこれからだと水口氏は述べ、スタンダートチャータード銀行として、日系企業のお客様のみならず、日本にインバウンドで入ってこられるお客様のお手伝いをぜひ私たちなりにさせていただきたいと結んだ。
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取材/編集:髙橋知里