誰かがビットコインを買い占めたらどうなる? サトシが「ハント兄弟と銀相場」に言及

特集 サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅

小宮自由

誰かがビットコインを買い占めたらどうなる?

ビットコインを発明し、未だその正体が分かっていないサトシ・ナカモト。そんなサトシが残した約2年間の文章を、小宮自由氏の解説と共に紹介する連載「サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅」の第43回。

まずサトシのメールの前に、本連載の元になっている書籍『ビットコイン バイブル:サトシナカモトとは何者か?』の著者フィル・シャンパーニュ氏の解説も掲載する。

フィル・シャンパーニュ氏の解説

誰かがビットコイン全額を買い集めようとしないかというコメントにサトシが答え、1970年代後半のハント兄弟と銀相場に言及している。注意すべきは、ハント兄弟が実際に買い集めたのは、銀相場全体から見て低いパーセンテージにすぎなかった点である。兄弟が破綻した原因は、将来の交換に対するレバレッジ・ポジションからCOMEX(ニューヨーク商品取引所)の取引に参加した点だった。COMEXはルールを変更し、契約可能な総額の上限を設けたため、規定の上限以上の保有者が強制的に売りポジションに変わるようになり、その結果、ハント兄弟は清算に追い込まれた。このテーマについて詳しくはマイク・マロニーによるWealthCycles.comの記事を参照されたい。

http://wealthcycles.com/features/the-hunt-brothers-capped-the-price-of-gold-not-50-silver
注:現状上記URLのリンク先に記事はなく、こちらから閲覧可能

サトシ・ナカモトの投稿

それではサトシの投稿をみていこう。

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Re:ビットコインの脆弱性?(ビットコイン・システム への大規模攻撃。ありうる?)

サトシ・ナカモト 2010年07月09日 午後03時28分46秒

(注:斜体部分は、サトシ以外の者の質問を指す)

引用:user 2010年07月07日 午後06時15分28秒

こんにちは(コンセプトが理解できていなかったらすみません)。

侵入者がビットコイン通貨を買い占めてバイナリデータを全部消去したらどうなると思いますか? こうなるとビットコインのシステムが破壊されます。ビットコインのネットワークはその種の攻撃に対して保護されていますか?

OP*1 の指摘は「相場の買い占め」と呼ばれます。誰かが世界中の希少資産の全供給量を買おうとすると、買えば買うほど値段は上がります。ある点に達すると高くなりすぎてそれ以上買えなくなります。前の所有者は買い占め側に対して異常な高値で売れるため歓迎します。さらに値段が上がり続けると、もっと高い値段を求めて売却を拒否する人も出てきます。

ハント兄弟は1979年に銀相場の買い占めを目論んで破産したケースとして知られています。

「ネルソン・バンカー・ハントとハーバート・ハントの兄弟は1970年代後半から1980年代始めにかけて世界の銀相場の買い占めを画策し、一時は世界の銀の供給量の半分以上を保有する権利を保持した[1]*2。兄弟が貴金属を買い集める間に銀価格は1979年9月の1オンス11ドルから1980年1月には50ドル近くまで上昇した[2]。その2か月後、ついに銀価格の暴落が起き、1オンス11ドルを割り込んだ[2]。下落がほぼ一日で起きたため、「銀の木曜日」として知られているが、その原因は商品の思惑買いに関連する交換ルールが変更されたためだった[3]。」

http://en.wikipedia.org/wiki/Cornering_the_market *3

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【訳注】
*1 Original Poster の略。この場合は、引用元の投稿をした人、つまり「user」というユーザのことを言う。
*2 Wikipedia をそのまま引用しているので、Wikipedia の脚注番号が書かれている。以下の[2],[3],…も同様。
*3 対応する日本語版の記事は存在しないが、バンカー・ハントという記事に同様の顛末がある。

解説

ビットコインの買い占めについて、銀の例をあげてサトシが説明しています。買い占めを試みると一時的に価格は高騰するが、何らかのきっかけ(銀の場合は、交換ルールの変更)で暴落し、買い占めを試みたものは大損する(ので、結局は買い占めた資産を売り払うことになる)というのがサトシの言いたいことでしょう。

銀の場合、フィル氏が言うように「銀相場全体から見て低いパーセンテージに」過ぎない段階で暴落したことから、仮に交換ルールが変更されなかったとしても、どこかの段階で他のきっかけで暴落していたと考えられます。暗号資産の場合、きっかけすらわからないことがあります。ビットコイン価格が1/2になることは、しばしば起こっており、そのきっかけも曖昧なことが珍しくありません。この不安定さがあるため、クジラのような大規模ホルダーは出てきても、10%や20%を超えて保有を目指す者はおそらく出てこないでしょう(バイナンスですら2024年2月7日現在全体の3%も保有していません)。

なお、OP が言っている「バイナリデータを全部消去したらどうなると思いますか?」というのは杞憂です。ブロックチェーンネットワークには多数のフルノード(取引の全てのデータを持っているノード)があり、一人がそのデータを消そうがバックアップを持っている人はいくらでもいるからです。これはブロックチェーンの基本的な特性ですが、2010年の段階では理解が難しかったことがわかります。

小宮自由

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小宮自由

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp https://twitter.com/BorderlessJpn https://twitter.com/BorderlessDAO

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