経済的ディスインセンティブが、ビットコイン51%攻撃を防ぐ

特集 サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅

小宮自由

経済的ディスインセンティブが、51%攻撃を防ぐ

ビットコインを発明し、未だその正体が分かっていないサトシ・ナカモト。そんなサトシが残した約2年間の文章を、小宮自由氏の解説と共に紹介する連載「サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅」の第3回。

サトシ・ナカモト 2008年11月03日 月曜日 11時45分58秒 -0800

それでは2008年11月3日11時45分58秒のサトシのメールを見てみよう。

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Re:ビットコイン ピア・ツー・ピア 電子キャッシュ 論文

サトシ・ナカモト 2008年11月03日 月曜日 11時45分58秒 -0800

John Levineは書きました:

サトシ・ナカモトは書きました:

*1 「誠実なノードがネットワークの大部分のCPUパワーを占めていれば、それが最長のチェーンを生成し、攻撃者を凌駕できます。

しかし現実はそうではありません。悪意の利用者は日常的に数十万のゾンビファーム*2  をコントロールしています。スパム送信ゾンビのブラックリストを稼動する人物によると、一日で百万のゾンビが新たに生まれているそうです。

今日のインターネットでハッシュキャッシュ*3  が機能しないのも同じ理由です。善意の利用者は悪意の利用者に比べて計算能力が大幅に劣っています。」

ご指摘ありがとうございます。

その点についてはさほど心配をしていませんでした。必要なのは一人の攻撃者を上回るCPUパワーを善意の利用者が集団的に保持することです。

ネットワーク全体を圧倒できるほどの規模がない小規模のゾンビファームはたくさんあり、彼らは(不正行為をせずとも)ビットコインの生成でお金を稼ぐことができます。そういう小規模ファームは「誠実なノード」です(「誠実な」よりも適切な用語が必要ですね)。小規模のファームがビットコイン生成に多く加われば、ネットワークを圧倒するためのハードルは高くなり、大規模のファームであってもネットワークの圧倒には相対的に規模が小さすぎるので、そうした大規模ファームもまた(不正行為をせずに)ビットコイン生成に加わるかもしれません。ロングテールの理論によると、小規模、中規模、大規模のファームが集まれば、最大規模のゾンビファームをも上回る規模になります。

仮に悪意の利用者がネットワークを圧倒しても、すぐ金持ちになれるわけではありません。できるのはせいぜい、自身が過去に送金したお金を不渡小切手の振出のようにして取り戻すことぐらいです。これを実行するには、まず売り手から物を購入し、商品が到着した後、ネットワークを圧倒し、お金を取り戻そうと試みるという順番で行う必要があります。このようなカード犯罪的悪事を実行しても、ビットコイン生成で稼げる以上のお金を得られるとは思いません。そこまで大規模なゾンビファームなら、他の全員を合わせたよりも多くのビットコインを(誠実なノードとして)生成できるはずです。

実際にビットコインネットワークでスパムを減らすには、ゾンビファームをコイン生成活動に誘導することです。

サトシ・ナカモト

暗号学メーリングリスト

【訳注】

*1 鉤括弧は訳者が付けた。鉤括弧内は、おそらく他者の発言の引用と考えられる。

*2 ゾンビのように次々に新しいコンピュータに感染していくウイルス等のこと

*3 CPU処理で生成するハッシュ値を元に、送信元を検証する仕組み。これにより、メール送信をする際にある程度CPUに負担がかかることになり、大量にメールを送るスパム送信者に対しては過度な負担となる。これによりスパムメールの抑制を狙っているが、サトシはあまり効果が出ていないと述べている。

解説

ビットコインネットワークに対する著名な攻撃(取引履歴を不正に改ざんすること)に、51%攻撃というものがあります。ビットコインは世界中のコンピュータがその計算能力を使い、取引履歴をブロックとして保存しています。この計算能力・処理能力の51%、つまり過半数を占めてしまえば、不正な取引履歴を正当とみなせるようになります。この問題は理論上取り除くことはできず、サトシもそれを認めています(ビットコイン以外の多くのブロックチェーンも、同じ問題を有しています)。

しかし、これはあくまで理論上の問題であり、実際にビットコインで51%攻撃により取引履歴が改ざんされたことはありません。なぜそれが起こっていないかというと、主に2つの理由があります。

1つ目の理由は、「やるのが非常に難しい」からです。ビットコインのマイニング、つまりブロックを作成する作業を行っているコンピュータは世界中にあります。その中には、企業が大規模に運用しているマイニングファーム(マイニングを行う企業のこと)も含まれています。ビットコインのフルノードは2021年12月22日現在、14,000を超えて存在しており、(これらのノード全てが誠実と仮定すると)単純計算でこれら全てのノードの処理能力を超えねばならず、現実的にはほぼ不可能と言えます。

2つ目の理由は、「やれたとしても、誠実に振る舞った方が儲かる」からです。前述の通り、悪意の攻撃者が他のマイナー(マイニングを行う人・団体のこと)を上回れる場合、その処理能力はかなりのものとなります。マイニングの報酬は処理能力に比例するので、その処理能力を正直に使うだけでかなりの収入になります。取引履歴の改ざんでも一時的に高い報酬を上げられるとは思いますが、そのような大規模な改ざんが発覚すればビットコインは即座に暴落し、ビットコイン保有者は長期的には全員損をするでしょう。高い処理能力を持っているマイナーは、他のマイナーと結託して攻撃をするより、その処理能力を活かして多くのマイニング報酬を得る方が合理的なので、これにより悪の一大勢力は極めてできにくくなっています。

これら2つの理由により、ビットコインは理論上の問題を経済的ディスインセンティブ(儲からないからやめようという気にさせること)で解決しました。このアイデアも、ビットコインの偉大な発明の一つであると私は思います。

小宮自由

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参考リンク

・51%攻撃

・マイニング

Image:iStock/Photoplotnikov・RomoloTavani

この記事の著者・インタビューイ

小宮自由

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp https://twitter.com/BorderlessJpn https://twitter.com/BorderlessDAO

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