エンジニアとして語る「Corda」の優位性(SBI R3 Japan プロダクトサービス部長 ソリューションアーキテクト 生永雄輔氏 インタビュー)

特集 企業向けブロックチェーン「Corda(コルダ)」でデジタル・トランスフォーメーションを加速

生永雄輔

−生永さんがSBI R3 Japanに入るまでを教えてください。

学生時代は東大の計数工学科で研究をしていました。具体的にはコンピューターを使って数学の問題を解く研究です。アルゴリズムを考えたり、実際にプログラムを作って問題を解くような研究です。大学院でもその研究を続けつつ、離散最適化や、より経済学に近いようなゲーム理論やなどについて学んでいました。

実はそのころ勉強していた事がブロックチェーンと直結していまして、プライベート/コンソーシアム型ブロックチェーンで話題になるビザンチン・フォールトトレラント性(BTF:Byzantine Fault Tolerance)についても勉強しましたし、公開鍵暗号方式がなぜ破られないかという事も学びました。その当時はまさか今ブロックチェーンに関わるとは思っていなかったですが。

その後新卒で三井住友銀行に入り2年目からエコノミストとして働きはじめたのですが、諸事情あって徳島県に移住しました。そこで縁のあった地元IT企業をターンオーバーさせました。2014年くらいに東京戻ってきて農林中農金庫に入りました。財務の状況を見ながら、将来の投資プランを考える部署で、マーケットの変化に気づき,対応案を作るという仕事をしていました。そこでは金融市場に対する知識はもちろんの事、圧倒的に大量の情報を手元で理解し、処理するために様々なIT技術を如何に組み合わせるかが問われていました。

キャリアを通じて,純粋なITエンジニアとして働いたことは殆ど無いのですが、業務用のシステムは大小問わず構築してきましたし,IT技術を使って実際の業務を改善する事が私のキャリアそのものだと言ってもいいかもしれません。そういう意味で、私の考え方の軸はITエンジニアそのものだと思っています。

その後SBIに転職し、そして現在SBI R3 Japanでプロダクトサービス部長として、「Corda」の技術サポートとコンサルティング部門を指揮しています。ただ、今でも現場で困ったことがあれば仕様書にらみながらソースをいじりますよ。

「Corda」はビジネスありき

−生永さんが数あるブロックチェーンプロジェクトの中で「Corda」を選んだ理由はなんですか?

数多あるブロックチェーンプロジェクトが技術的にどう凄いか、という話はどこでも聞くことができると思います。処理速度が早いとか、簡単に作れるとか。でも、それがなぜ必要かと聞くとあまり具体的な答えが返ってこないんですよね。例えばゲームに特化する機能を用意してますと言っていても、じゃあゲームでわざわざブロックチェーン使ってトークン発行する理由あるんですかって聞くと、なかなか明確な答えが出てこない。

一方、R3の人たちはブロックチェーンを金融機関のこの部分に入れればコストを下げられる。それを実現する基盤としてCordaを開発する。という明確なビジネスモデルが先にありました。エンジニアの端くれである僕がCordaを選んだ理由として、技術的な見解でではなく、この話をするのは少しユニークかもしれません(笑)。でも僕はビジネスありきの技術、という考えは非常に大切だと思っています。

どうしてもこの業界の技術者はビジネスどうするの?ってことにほとんど絵がない人が多いです。そんな中でR3のエンジニアはどうやってお金稼ぐのか、ビジネスにするのかを明確に語っていました。そこに必要な技術を作り上げていく。

その点に魅力を感じてR3の「Corda」を選んだのです。私がキャリアを通じて大事にしてきたことに直接通じていると思っています。

企業間の取引に大切なプライバシーを守る

−企業向けブロックチェーン基盤の中で「Corda」の一番の特徴はなんだとお考えですか?

「Corda」の特徴はプライバシーですね。それが全てだと言ってもいいと個人的には思っています。

他の企業向けブロックチェーン基盤でプライバシーを確保する場合は、「取引データを隠す、ハッシュ化するので大丈夫」というようなソリューションがほとんどです。

でも僕はハッシュ化したデータだから安心だというのは違うと思っています。特に高額なお金や大切なデータを取引する際は。

例えば金融機関にとって、ある新しい会社と新規で1兆円の取引を始めましたっていう事実は、絶対に他には知られたくないんですよね。その取引の事実自体が公にできない、したくないことなんです。

だからその取引データがハッシュ化されて、金額が1億円なのか1兆円なのかは分かりませんといわれても、取引をしたこと自体は推測できてしまうと問題なんです。推測できるインフラって結局はマーケットインパクトの大きい取引には使えないんですよ。

そして誰が誰と取引した、ということ自体が分からないようにできるのが「Corda」の大きな特徴です。正直なぜ他のブロックチェーン基盤がここを重視しないんだろうと思います、技術的にはできなくはないのに。一方で、ゼロ知識証明というプライバシーではなく匿名性を高める技術を崇め奉ることに、大きな違和感を感じています。お金を匿名で動かせる事は社会にとって害悪でしかないと思っています。

「Corda」がUTXOモデルを採用している理由

−「Corda」の採用を様々な企業に対してこれから進めていくために生永さんが技術的に課題だと思っていることはなんですか?

まず「Corda」はプログラムを書くのがとても簡単だと僕は思っています。正直iOSのアプリを作るより簡単じゃないですかね、「Corda」でトークンを発行するのは学生が片手間で勉強してできるレベルだと思いますし、それくらい簡単なAPIも用意されています。

ですので企業が採用した場合プログラムの書きやすさという点では課題は少ないと思っています。

ただ一つ課題として挙げるとするとUTXOの概念をちゃんと理解して設計できるかだと思っています。

UTXOというのはビットコインでも採用されているデータの管理方法で、Unspent Transaction Outputの略です。この仕組みを「Corda」も採用しているんですが、UTXOというのは普通の上流設計する技術者にとっては全くピンとこないことが多いんじゃないかと思います。

通常のデータ管理では、例えばお金の送金の取引の際にそれぞれの口座の残高がいくらあるかというようなデータの保存形式になっています。Aさんが100円持っている、Bさんが1000円持っているといった具合です。

一方UTXOというのは取引に基づいてそれぞれの口座の残高を計算する方法です。

通常のデータのモデルがそれぞれの口座の残高を管理しているとすると、UTXOは100円玉や1000円札自体がバラバラにデータベースの中で転がっていて、それぞれに誰のものだと言う名前が書いてあるというようなことをイメージして貰えばいいと思います。

これまでのデータ管理設計に慣れた人であれば,データモデルはどうしてもバランスモデルになっています。だから今までRDBを使って設計してきた技術者にとってUTXOでちゃんとした業務システムを組むこと自体がまず難しいはずです。

その部分の設計とか考え方自体の切り替えが必要で、これから「Corda」を使う多くの技術者に私たちがどのようにフォローしていくかが課題だと感じています。

−「Corda」がUTXOモデルを採用したのはなぜですか?

それもやはりプライバシーを守るためです。一方から他方にお金を動かすときに双方の残高を見せなくていいUTXOの仕組みはプライバシーが守りやすいです。よく考えると現実のお金の取引に近いですよね。現実は取引をすると言っても、お互いの資産の残高を見せないじゃないですか。

プライバシーと価値の2つを動的に管理するためにはUTXOが必要なんです。

そもそも「Corda」はブロックチェーンなのか?

−ブロックチェーンをどう定義するかにもよるのですが、「Corda」はブロックチェーンなのか?というような意見を聞くこともありますし、R3としても分散型台帳技術という打ち出し方をしていた時期もあったと思います。「Corda」はブロックチェーンなんでしょうか?

おっしゃる通りブロックチェーンをどう定義するか、というのが大きなポイントだと思いますが、僕の見解を説明しますね。

まずそもそも最初にハッシュチェーンがあって、そこにUTXOとProof of Workを取り入れたのがビットコイン。そこへスマートコントラクトを搭載したのがイーサリアムです。

こうした技術発展の流れに対して、プライベート/コンソーシアムチェーンは、ハッシュチェーンとスマートコントラクトは使っているんですが、UTXOとProof of Workを使っていないものが多いわけです。

「Corda」はハッシュチェーンの上にUTXOとスマートコントラクトを搭載しています。

パブリックチェーンの人から見て、スマートコントラクトだけ入れているチェーンは正直ブロックチェーンじゃないと言われるのはよくわかります。僕はブロックチェーンに大切なのはUTXOとProof of Workの2つだと思っています。

ちなみにイーサリアムがUTXOを使ってないのは処理が遅くなるからなんじゃないかと思っています。僕はイーサリアムはUTXOを使った方がよかったと今でも思うんですけどね。言い方が悪いですが、バランスモデルは「中央集権的」ですよ。残高という個人の情報を一つに集約しているんですから。

そして「Corda」はUTXOを採用しています。そういう意味では定義にもよると思いますが、僕の見解ではブロックチェーンに大切な要素の一つを使っているので、「Corda」はブロックチェーンと言っていいと思っています。

ちなみにもう一つの大切な要素であるProof of Workは確かに使っていません。それは、Proof of Workが持つ匿名性がビジネスには邪魔だと思っているからです。匿名性が不要なら、同じ計算をヨーイドンでみんな同時にやるというProof Of Work自体必要ないわけですから。

BtoBからBtoBtoCへ

−「Corda」の採用に向いているのはどのような企業でしょうか? そしてどのように世の中に広がっていくとお考えですか?

現在でも「Corda」は様々な業界の企業に採用いただけていますが、特に大企業に向いていると思っています。

特に日本では大企業でも多くのところが紙とハンコ、使ってもせいぜいPDFをメールで添付するみたいな業務プロセスがいまだに動いていますよね。そこにDX(デジタル・トランスフォーメーション)戦略の一環として「Corda」を入れようとする案件がこれから増えていくと思います。

さらに向いているのは大規模なグループを持っている企業ですね。例えば私たちのSBIホールディングスもそうなんですが、グループでたくさんの会社を抱えているところは本来そのグループ間でシステムが揃ってないといけないんですが……理想と現実は違いますよね。

そういうところに「Corda」を使うと、バラバラのシステムを部分的に統合し、各社の使い勝手は変えず、契約書とお金のやり取りだけをブロックチェーンで保証するということも実現できます。「契約書の最新版はどれだ?」「見積もり前提通り入金されてるか?」といった作業は確実になくせます。RPAなどのソリューションより優れているのは、あらゆるデータの原本性が確保されるところです。何らかのミスで「同じCSVを2回RPAに渡してしまう」等という事は原理的に起きえないのがブロックチェーンなので。

企業グループとして「Corda」を採用すると、今までミスを前提にして張り付いていた人が不要になります。人件費を圧倒的に下げられるはず。それは大企業や大きなグループ企業になればなるほど大きなメリットです。

そして社内、グループ内で構築できた仕組みはどんどんと外に横展開できるようになります。そこからBtoBの取引に広がっていき、最終的にはその後にBtoBtoCという流れで世の中に広がっていくと思います。

現在DXについて多くの企業の関心が集まっているタイミングですので、ぜひともDXの一つの選択肢としてブロックチェーン、そして「Corda」を多くの企業に検討いただきたいと思っています。

取材/編集:設楽悠介・竹田匡宏
撮影:堅田ひとみ

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関連リンク

→「SBI R3 Japan株式会社」

→「Corda」

→「Corda Guide」

 

この記事の著者・インタビューイ

生永雄輔

SBI R3 Japan プロダクトサービス部長 ソリューションアーキテクト ITベンチャー経営と金融機関における市場投資に従事。タブレットを利用した業務システム新規構築から数十兆円の投資運用企画まで様々な業務を現場責任者として遂行。2018 年Fintech領域の可能性を信じSBI ホールディングへ入社。2019年 米R3社との合弁会社SBI R3 Japan プロダクトサービス部長に就任。

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