NFTとデジタルアート
ブロックチェーン技術を応用し、唯一無二の価値を表現できるNFT(ノンファンジブル・トークン)。そのNFTが、いま大きなインパクトを与えようとしているのが「アート業界」だ。NFTを活用したデジタルアートに今注目が集まっている。
そもそもデジタルアートの歴史は1960年代からはじまったといわれているが、当時はその特性上データの所有権や著作権など権利を担保し、表現することが難しかった。
その課題を打ち破ったのがNFTだ。NFTをデジタルデータと紐づけることで、その所有権や履歴を表現できるようになった。そして作品の正確な権利移転、X次流通も容易になった。ブロックチェーン技術を活用し、ここ2、3年の間でたくさんのデジタルアートが世に生まれ、いくつかのパブリックなブロックチェーン上に刻まれている。ただ振り返るとこれまでのトレンドは、一部のテック業界、ブロックチェーン業界の中での出来事だったと言ってもいいだろう。
しかし今年、大手アートオークションハウスがデジタルアーティストのビープル(Beeple)のデジタル作品のNFTを取り扱うことになり大きな話題を呼んだ。これはブロックチェーン業界にとっても、そして既存のアート業界にとっても、大きく歴史を動かすことになる出来事として振り返られるようになるのではないだろうか。
Beeple「The First 5000 Days」が開いた扉
アートオークションハウスのクリスティーズがデジタルアーティストのビープル(Beeple)のNFTアート「The First 5000 Days」を2月26日からオークションで出品したことは大きな話題を呼んだ。大手のオークションハウスがNFTを活用したデジタルデータのみの作品をオークションにかけたのはこれが初めてのことだ。
Beeple | The First 5000 Days is open for bidding until11 March at 10am EST! 💥
— Christie’s (@ChristiesInc) February 26, 2021
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そして3月11日にオークションが終了し、ビープルのNFTアート「The First 5000 Days」の落札額は、約75億円(約6,935万ドル/手数料含む)となった。オークションの最大視聴者数は2,200万人を超えたとのこと。
ちなみに落札額が約75億円というのは、今生きているアーティストのオークション記録第3位、デジタルアート作品としての過去最高額、そしてオンラインのみのオークションでの過去最高額と、記録尽くめの快挙である。
この快挙に対して、クリスティーズの専門家でビープルのオークションを主催のノア・デイビス氏は次のようにコメントしている。
「クリスティーズは、これほどの規模や重要性を持つニューメディアアート作品を提供したことはありませんでした。ビープルの作品を手に入れることは、世界有数のデジタルアーティストが制作したブロックチェーンそのもののエントリーを所有するまたとない機会となります」
さらに今回注目すべきは、このオークションに関してイーサリアムのイーサ(ETH)での支払いが認められたという点だ。
ビープルはこれまでもNFTアートを数多く生み出してきたアーティストであり、かねてからビープルの作品のアートコレクターはイーサを使って、作品を購入してきた。それを考慮し、歴史のあるオークションハウスが、暗号資産での決済を受け入れたのだ。
その理由について、ノア・デイビス氏は次のように語っている。
「今回のオークションは、クリスティーズが暗号資産(仮想通貨)領域へ足を踏み入れて、試してみるのに最適な機会だと思っています。
クリスティーズが初めて暗号資産での支払いを受け入れようとしたことは、従来の美術品市場の変化というよりも、オークションハウスが新たなオーディエンスを開拓しようとしていることを物語っています。
理想的にはこれまでアートに興味を示さなかった層の人々が、オークション市場が楽しいものであることに気づくようになってもらうことです」
日本のアートテックカンパニーはどう捉えているか?
あたらしい経済編集部は、日本で少額からのアートの共同保有サービス「ANDART(アンドアート)」を提供するアートテックカンパニー 株式会社ANDARTの代表取締役CEO松園詩織氏と、アートの信用担保と発展を支える流通・評価のためのインフラ「Startrail」などアート×ブロックチェーン事業を展開するスタートバーン株式会社 代表取締役CEOであり、自身もアーティストである施井泰平氏へクリスティーズの暗号資産払いと現状のアート市場の盛り上がりについてコメントをもらった。
「新たなコレクター層が参入する新時代の象徴」AND ART 松園詩織
−クリスティーズが暗号資産払いを導入したことは、アート業界においてどのようなインパクトがあるのでしょうか?
松園詩織氏(以下:松園):アート業界でも仮想通貨は新たな流通手段としてかねてより注目されていました。クリスティーズという世界でも長い歴史を持つオークションハウスが一歩踏み出したことは、アート業界も変革の時代に差し掛かっている象徴だと感じます。
NFTアートの出現で既に新たな層が参入し、今回の高額落札のニュースで更に多くの人の注目が集まると思います。また、デジタルデータの作品が確立されていくとこれまでの”アート鑑賞”の概念も拡張されたり、良くも悪くも様々な議論が起こっていくと思います。
−現状のアート市場の盛り上がりをどのように考えていますか?
松園:マーケットにインターネットやテクノロジーが加わり、アート自体が注目されることは大変有意義です。と同時に、アート市場の健全な発展に向けたサステナブルな仕組み化とコレクターの教育が重要だと考えています。作品価値を本質的に支えるのは、作品を理解し愛するコレクターの熱量でもあります。
新たなビジネスモデルや今回のNFTアート台頭によって生まれるアートの新経済圏と既存マーケットの融合を冷静に捉え、ニュースタンダードはどうなっていくべきか「ANDART」としても提案していきたいです。
「これから問われるのは、残す価値のあるクリエイティブであるか」スタートバーン 施井泰平
−クリスティーズが暗号資産払いを導入したことは、アート業界においてどのようなインパクトがあるのでしょうか?
施井泰平(以下:施井):大きな変化を予感させるので、インパクトは大きいと思います。
しかしクリスティーズは過去にも2018年Artoryとコラボ、2019年Art + Tech Summitでのプロジェクト紹介、2020年Robert AliceのNFT初競売と、ブロックチェーンに興味を示し続けています。その流れを見ると今回のイーサ支払い受け付けは自然の流れのようにも思います。
他方で前述のいずれのニュースも単発で終わっているので継続的な受け付けに繋げるには今回の競売結果が重要と言えるでしょう。
−現状のアート市場の盛り上がりをどのように考えていますか?
施井:嬉しいとともに、一過性のバブルにしないために頑張りたいところです。まだ始まったばかりのNFTアート史ですが、これから問われるのは「残す価値のあるクリエイティブであるか」だと思います。
アートとして長く愛され、財として価値を保ち続ける、もしくは価値が上がる作品はどんなものか。それを見極めるには長いアートヒストリーが参考になるかもしれません。
NFTは「アート業界」を変えるか?
ビープルのデジタルアートが既存のアート業界に受け入れられたことは、今後「アート業界」にどのような影響をもたらすだろうか?
既に現在でもNFTアートを作成し販売できるプラットフォームがいくつも存在している。審査等がなく暗号資産ウォレットとイーサさえあればすぐに自分の作品が発表できるプラットフォームとして「ラリブル(Rarible)」や「ゾラ(Zora)」が有名だ。
また審査制で著名人や既存のアーティストなどの作品の取り扱いをしている「スーパーレア(Super Rare)」や「ニフティー・ゲートウェイ (Nifty Gateway))などのプラットフォームもある。
さらにアートのNFTに限らず、ゲームアイテムのNFTなども含めた多くのNFTを取り扱う「オープンシー(OpenSea)」というマーケットプレイスもある。ちなみ大手ベンチャーキャピタルとして有名なアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)がオープンシーへ投資を行なったことも先日報じられた。
また日本でもデジタルアートのマーケットプレイスとして株式会社スマートアプリによる「nanakusa」やCryptoGames株式会社の「NFT Studio」が3月中にローンチ予定だ。また暗号資産取引所のコインチェックもNFTマーケットプレイス「miime(ミーム)」のメタップスアルファを買収し、さらに独自のマーケットプレイスの今期中のローンチも発表している。
そしてここでは発表前で明記できないが、その他いくつかの日本企業のNFTマーケットへの参入の情報が編集部に届いている。
状況は整ってきたようにみえる。
ブロックチェーンとその応用技術であるNFTを活用して、これからビープルに続く、新たなアーティストが生まれてくるのにそんなに時間を要しないかもしれない。
そして今まではリアルのアートで作品を発表してきたアーティストたちが、このテクノロジーを活用してNFTを活用したデジタルアートに参入することも加速するだろう。
そうなると「アート業界」における作品の発表方法や流通プロセス、そのマーケットも大きく変化していくはずだ。
今までアナログで閉鎖的ともいえた「アート業界」のデジタル化が、いよいよ加速するのではないだろうか。
取材/編集:設楽悠介・竹田匡宏
(images:iStocks/Sylverarts)