HashHub COO兼CIO 川浪創氏 インタビュー
大和証券グループ・クレディセゾンの子会社Fintertechで、日本で唯一の仮想通貨担保ローン事業を立ち上げた川浪創氏が、今年5月HashHubのCOO/CIOに就任したことは業界内で大きな話題となった。新たな活躍の場を暗号資産専門企業に移した川浪氏は、これまでの経験、知見を生かし「HashHub Lending」事業に注力するとのことだ。
今回「あたらしい経済」は川浪創へインタビューを実施。川浪氏に、現在のブロックチェーンや暗号資産をどう捉えているか、DeFiのポテンシャル、証券業界から暗号資産業界へ転職した経緯、今後のHashHubレンディングが目指すものついて語っていただいた。
グローバルマクロ戦略とビットコイン
−ブロックチェーンと暗号資産(仮想通貨)の現状をどのように分析していますか?
2020年は機関投資家が暗号資産へのポジションを持ち始めたことで、大きな変化が起こりましたね。
そして、その手前の段階でセットマネジメント領域でもヘッジファンドによるグローバルマクロ戦略がとられていました。インフレヘッジの手段としてビットコインを買うという流れが、ヘッジファンドから生まれ、昨年後半から今年に入ってテスラのような米国上場企業もビットコインを持つようになり、という状況ですね。
これはつまりドルを持つよりビットコインを持つ方がはるかに良いという投資判断が生まれたといってもいいでしょう。
このようなマクロトレンドでの動きは、今まで世にビットコインが生まれてから、ずっと無かったことなんです。企業が暗号資産のポジションを持つということ自体、すごくハードルが高いことですが、それが現実に行われている。これは非常に大きな変化だと思っています。
つまり暗号資産を代表するビットコインやイーサリアムなどのマスアダプションがどんどんと進んでいっている、というのが現状ですね。
そしてこのような状況を作ったのは、新型コロナウイルスに対する米国の政策に起因します。米国が量的緩和と前代未聞の水準まで金利下げたことが、全てを後押ししていると分析しています。
イーサリアムの価値
−インフレヘッジの判断としてビットコインが注目されたとのことですが、川浪さんはイーサリアムについてはどのように捉えられていますか? また他の投資家はどう捉えられていると考えますか?
イーサリアムは、ビットコインとは違う用途で作られている暗号資産でありプロジェクト。それはワールドコンピューターともいわれていますが、さまざまなアプリケーションのプラットフォームであり、最近話題のNFTの発行基盤でもあります。そしてそれらを動かすためのGas代(イーサリアム上の取引を承認してもらうための手数料)としてイーサが使われるのはもちろん、暗号資産として他にもたくさんの使い道がある。
でもその中でも僕は、DeFi(分散型金融)がイーサリアムの中心を担い、現在のその価値を形作っていると思っています。
そしてDeFiで金融ゲームのようなユニークなユースケースが生まれていることは、プロの投資家の目にも非常に魅力的に映っていると思います。
今年の初めに「イーサリアムのマスアダプションが起こり、ビットコイン比でのアウトパフォームを期待しています。」と僕は「あたらしい経済」寄稿させていただいたんですが、その予想は的中しましたね(笑)。DeFiを中心に、それが今まさに起こっている状況です。
今のイーサリアムの価格は当然のパフォーマンスだと思います。
DeFiが生み出す、あたらしい金融市場
−イーサリアムを牽引するDeFi、その魅力は何ですか?
これまでのキャリアで金融のバックグラウンドにいた僕としては、DeFiはいくつもの魅力に溢れていると感じます。
まずDeFiが今までの商品を模倣しつつも金融を新しく作り変えるという作業をずっとしているところが面白い。
そして今まで金融業界が手に入れられなかったエンターテイメント性が取り入れられている点も魅力の一つですね。
わかりやすい例としては、「SushiSwap」。例えば、従来の金融業界では「寿司銀行」という名前の銀行なんて絶対作れないですよね。どれだけ「若い世代の顧客を取りに行くぞ」「グローバルで勝負するぞ」と思っても、無理だと思います。
残念ながら「SushiSwap」は日本から生まれたプロジェクトではないですが、DeFiでは他にも魅力的で人々が興味が湧くユニークな名前のプロジェクトがたくさんあります。
もちろん、名称だけでなく、その機能やUI・UXなども含めて、金融にエンターテインメント性、ゲーム性をカジュアルに持ち込まれているのがDeFiです。これはも従来の金融業界にはない大きな特徴ですね。
またDeFiが従来の金融と違うのは、信用の仕組みです。DeFiでは金融取引は全部プログラム上で動きますので、信用創造は行われていません。そして基本的にDeFiでは経営主体が存在せず、ちゃんと設計されていれば不正やミスが起こらないものです。
一方、従来の金融では不正やミスを防ぐため、つまり信用にたくさんコストがかけられています。コストをかける対象が全然違う、そもそもの概念が違います。
そしてこれまでの常識だと金融業は国に管理されている状態で、グローバルに営まれるものです。でもDeFiは、インターネットに接続できれば誰でも使える、金融の機会にフラットにアクセスできるんです。例えば金利が高い、安い国、どの国からアクセスしても、同じ金利です。
これからの課題でもありますが、まだ規制が届いていないという現状も、DeFiの魅力の一部ではないかと感じています。
DeFiと規制
−お話にあったようにDeFiは今後規制されていく流れになるとお考えですか?
DeFiを誰でも使えるという状態を良いことと考える人と、その逆の人がいます。そしてそんなことを気にしないという人もいる。気にしない人が大多数だと思いますが。
はじめから「なぜDeFiが素晴らしいか」を語ってきた人たちの意見は、規制されないから素晴らしい、だと思います。
しかし金融と規制は切り離せないものです。なぜなら規制されていない状態で金融業をやると、すごい悪いことをする人が出てきてしまい、結果的に消費者が損をしたり騙せれたりしてしまう。だから規制が必要になるわけです。
もちろん、そういうことが起こらないようにDeFiのプログラムは設計されているものの、それも全てではない。
個人的には今の、ある意味なんでもありの状態はジャングルクルーズみたいで好きなんですけど、やはり規制は避けられないでしょうね。
ただ特に分散化が進んでいるDeFiはどうやって規制するのか、何を規制するのか、という課題も規制側にはあると思います。そのあたり議論が必要な部分ですね。
−規制を受けた企業、例えば中央集権型の暗号資産取引所(CEX)などが「DeFiっぽい」ものを作るようなことも起こりそうでしょうか?
そういったプロダクトの計画などは色々報じられていますが、やはり中央集権型の暗号資産取引所が作るということは、「DeFiっぽい」ではあるかもしれませんがDeFiではないですよね。
中央集権的な取引所がDeFiのようなプロダクトを出しても、すぐに廃れてしまう気がします。例えばそのサービスにおいてはホワイトリストに登録しているアドレスからしかトークンが買えない、使えない、流動性供給できないというようなことになるはずで、そうなると前述のDeFiの魅力はなくなりますからね。
例えば昔は自動販売機で買えていたタバコも、今は法律が変わってタスポという認証カードを使わないと買えなくなりましたよね。その手続きするぐらいだったら普通にコンビニで買おう、とみんながなって、今かなりタバコの自動販売機は減りました。
これは例え話ですが、DeFiでも上手く規制やルール作りをしていかないと、ユーザーはすぐに逃げていってしまう。その辺りをどのように各国が取り組んでいくのかはこれからの課題だと思います。
証券業界から暗号資産業界へ転職した背景
−川浪さんがHashHubに転職する決断をした理由を教えてください
今までのキャリアを振り返ると、僕の仕事はずっと金融のトレーディングフロアでした。新卒で株の運用の会社に入って、次の会社で株のトレーダーになって、自己運用部門ではお客さんの資産をトレードし、アルゴリズム・トレーディングやハイ・フリークエンシー・トレーディングなどの電子取引を行っていました。
そしてそんな金融業にいた2014年頃、ナカモト・サトシの論文を読んで感動したんです。
自分達が金融業界でやっている業務のかなりの部分をこのビットコインの仕組みが代替できるかもしれない、それに心を打たれましたね。サトシのホワイトペーパーを自分の部屋の壁に貼っておきたいぐらい、感動しました。
そしてその時に決めたんです。ビットコインやブロックチェーンが世の中で一般的になる日が来るまで、それを世の中に広げるために自分の力を使いたいと。
それから僕は金融業界で働きながらも、「ブロックチェーンってすごいんだよ」「仮想通貨ってすごいんだよ」と言い続けてきました。初めの頃は周りから、なんかヤバいものでも買うのかとか言われていましたが(笑)。
でもそう言い続けているうちに、いろいろなブロックチェーンのワーキンググループに参加できるようになり、R3と仕事もするようになっていきました。そしてトレーダーとしてのキャリアが13年目ぐらいの頃、フィンターテックに移り、仮想通貨担保ローンの事業を立ち上げることになりました。
金融機関の中で暗号資産事業を実現できたのは、僕にとって大きな自信につながりました。自分が愛している暗号資産をビジネスにでき、それも比較的自由にやらせてもらえて、すごく幸運でした。
でも僕がやりたいのは、暗号資産/ブロックチェーンを一般的にして、より良い社会の実現することでした。
どうしても大きな金融機関の中では、より大きなインパクトを出すには限界があると感じるようになりました。それは当然のことで、1つの伝統的な金融機関の中では暗号資産という新しいアセット自体が主軸のものになるというは、現状ではとても困難です。
それで退職を決意しました。悩みましたが、もっと暗号資産にフルベットできる環境に身を置きたいと思ったんです。そんな時に平野(HashHub CEO 平野淳也)に声をかけてもらったんです。
Hashhubは僕のやりたいことを実現できる場所かもしれない、そしてこれからHashHubがやろうとしていることは自分の価値が発揮できるのではないか、そう思って転職を決断しました。
−転職を決めた時、周囲はどんな反応でしたか?
昔だと怪しい仮想通貨業界に転職するんだと言われたかもしれませんね。でもここ数年で金融業界の人のビットコインやブロックチェーンに対する考え方は確実に変わってきていると実感しています。
特に金融業界の中でも、新しいものに対する拒絶反応の無い人は、暗号資産をしっかりと受け入れています。だから僕が暗号資産業界へ転職すると周りに話したときに「お前バカじゃないの」みたいな反応は全く無かった。むしろ「そうだよね」という反応でしたね。
現在米国では既存の金融業界から暗号資産業界に人が流ることは多いですが、これから日本でも僕のような転職は増えるのではないかと思います。逆に暗号資産業界から証券業界に行く人はすごく少ないかもしれませんが(笑)。
暗号資産を資産形成の選択肢に
−これから具体的にHashHubでどのような仕事をしていくんですか?
HashHubは暗号資産、ブロックチェーンが好きな人しか働いていない企業です。みんなが暗号資産の魅力を少しでも世に向けて発信することを目的にしています。
だからみんな高い専門性を身につけて、プロダクトとしてリサーチレポート「HashHub Research」を提供しながら、金融事業「HashHub Lending」もはじめました。
まず僕のこれまでのキャリアを活かして、「HashHub Lending」でサービスの安全性や信頼性の部分に寄与していきたいと思っています。具体的にはガバナンスやルール整備もそうですし、何より「HashHub Lending」を安心して多くの人に使っていただけるサービスにすることが、僕のミッションです。
そしてその先に、多くの人たちに資産形成の1つの選択肢として暗号資産というものをより認知してもらいたいですね。
「HashHub Lending」は貸借料率が日本で一番高いんですが、そうしている理由もそこにあります。魅力的な可能性を示して、できるだけ多くの人にリーチしたいという想いから、努力してその率にしているんですよね。
そうして認知を広げて、多くの人に暗号資産という新しい選択肢を届けたい。だからこれから苦しい市況になったとしても貸借料率はあまり下げずに、頑張っていきたいと思っています。
暗号資産が当たり前になる世界になる
−川浪さんはこれからどのように暗号資産が世の中を変えると思いますか?
僕自身は全人類の平等と人権を本気で信じていて、何人にも侵せないものであるべきだと思っています。だからこそ暗号資産にもハマったし、サイファーパンクの思想にも共感しました。
ビットコインというものはいくら国が規制しても決して完全には止められない、私たち人類の平等というものに対して効果が期待できるツールの一つです。
主要な暗号資産は、世界中の人がフェアにアクセスできる財産として機能していくと思いますし、その動きはこれからより加速していくと思います。
僕らが目指すように、多くの人がその価値を認め、資産の選択肢として取り入れていく。
その結果として今よりもみんなが平等になれる、個人として様々な選択肢をもてるような社会になっていってほしいと思っています。
日本でも暗号資産への正しい認識と投資教育が進み、普通に誰もが暗号資産を持っていて、毎日メディアで株などの金融商品と並んで暗号資産の価格が紹介されていて、という世界は遠い未来の話だと思いますか?
僕はすぐそこにある未来だと確信しています。だから、僕は今、暗号資産業界にいるんです。
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取材/編集:竹田匡宏・設楽悠介
撮影:大津賀新也