仮想通貨(暗号資産)/ブロックチェーンを題材にした『ニムロッド』で第160回芥川賞受賞し、最新作『キュー』ではテクノロジーの発展の先にある分散化あるいは究極の中央集権化を見事に描いた小説家 上田岳弘 氏。そしてイーサリアムの高速化技術である「Plasma」の開発者として世界から注目を集めるエンジニアであり株式会社Cryptoeconomics Lab のCo-founder/Chief Economistである落合渉悟氏。小説家とエンジニアという全く違った境遇の二人が表現やテクノロジーの未来に激しく共鳴し合う、特別対談第1回(全3回)。
サトシナカモトは呪いをかけているのか、解いているのか
落合:今日の対談、本当に楽しみにしていました。『ニムロッド』『キュー』を拝読して、この2作品が僕の中のバイブルと化したので(笑)。
上田:ありがとうございます。
落合:最初に『ニムロッド』を読んだ後、とんでもない夢を見たんですよ。ポケモンの卵から生まればかりのポケモンの赤ちゃんが共食いをするっていう変な夢だったんですけど。なんか「倫理観さえ捨てればエサがなくても生物は育つ」という天啓が降ってきたみたいな感じだったな。「呪術と解呪」ってコンセプトがそこから得られて。
上田:光栄ですね。
落合:『ニムロッド』を読み終わった時点で、『キュー』の神髄に近い部分が降ってきたんです。『ニムロッド』で1つになる人類の世界が出てきましたけど、最後、タブーを超えた人達が手に入れるのであろう「直感」みたいなものを僕自身が感じることができた
後に、『キュー』を読んだらまさにそれがちゃんと描かれていたので、鳥肌というか。
『キュー』を読んで世の中は呪いと呪いを解くことと、さらに呪いをかけ直すことの繰り返しをしているんじゃないかって思いました。ビットコインを発明したサトシナカモトは僕たちに呪いをかけているのか、それとも解いているのかなど考え込んでしまいました。
そして『ニムロッド』は完成されているというか、削る場所がもうない作品だと思いました。むしろそれがよかったなと。130ページくらいの作品で、その世界のもっともらしさを保っている。必要十分だったと思います。
上田:ありがとうございます。
落合:面白いのが、『ニムロッド』も『キュー』も、主人公が普通の人間じゃないですか。「主人公って進化するのかな」っていう歯がゆさ、もどかしさがある。でも進化しないで終わる。なのに必要十分に感じるという。
上田:特に『ニムロッド』『キュー』はその傾向は強いですね。
落合:それを説明してほしいわけじゃなくて、その歯がゆさが逆に良かったりするんです。
上田:いま世の中ってスルーに満ち溢れている。なにかに感動したりとか、政治的なムーブメントがあったりしても、「結局なにも変わらなかったな」っていう徒労感が共有されているように感じるんです。「何だったんだ、インターネットで世界は変わるはずじゃなかったのか」みたいな諦念を覚えたとしても、それすらも結局スルーされていってしまう。
それで、なにか問題が起きた場合に、スルー出来る人が上に立ち続けていて、できなかった人がコケて退場していくみたいなのが、あまりにも多くて。なので、現代的にふさわしい語り手を考えたときに自然と顔のない主人公にしたところもありますね。
個別の最適化が絶対に正ではないってことを、改めて『キュー』が教えてくれた
上田:一方で、ブロックチェーンや暗号通貨、イーサリアムは、プログラマーが作っているわけじゃないですか。プログラマーから見て、『ニムロッド』や『キュー』のような「小説」ってどう思われますか?
落合:僕の中にも『キュー』に出てくる「予定された未来」っていうのが一つあって。『キュー』は緻密に描かれているからこそ、僕たちの現実世界にも通ずる共通構造が見えてきてしまうじゃないですか。エンジニアって楽しいからやるんですよ。アインシュタインの例えが石原莞爾のところで出ましたが、その通りで。勝手にやっちゃう天才にはやらせておくのが一番いいんです。
うちの会社にも天才がたくさんいますが、そこの塩梅が大変で。特にブロックチェーンって、やっちゃいけないことがたくさん潜んでいる。でも恐らく一部の頭のいい人達は、科学や経済学をすべて肯定してしまう姿勢で突き進んでしまう。
それに対して、上田さんの作品は具体的で実感可能な「ダメなパターン」の例を示してくれたと思います。例えばそれは、ゲーム理論で言ったらコモンズの悲劇とか囚人のジレンマとか、マクロ経済で言ったら合成の誤謬とか。個別の最適化が絶対に正ではないってことを、よりいい感じに分かりやすく表現してくれたなと思います。
なにも考えずにやっちゃダメなんだっていうブレーキって、僕は大事だと思う。こういうこと言うと作り手を萎縮させてしまいますが、大切です。
ビットコインマイニングの「電気代が高すぎる」問題を解決できるか?
上田:なぜ落合さんはイーサリアムを中心に開発しているのですか?
落合:2年間インドネシアにいた時、スラム街や金融システムのボロボロさを見て、「ひっくりかえせるな」っていう印象を持ったんです。それで、早さを求めてイーサリアムの高速化技術の研究をしました。そうしたらタイミングよく高速化技術が重宝されて、今では僕より優秀な社員たちに世界中からお呼びがかかるようになりました。
最初は途上国へのREITファンド(不動産投信ファンド)とか、金融システムがちゃんとしてないところに入れて高度化する、というのを注目していたんです。楽観的なギーク、あるいは市場原理至上主義に乗っかってやってきましたが、最近は技術の強力さも逆に自覚して、規制しようがない匿名集団で構成されるシステムを市場原理至上主義で進めると何が起こるのかなど、先々まで考えて勉強しているところですね。
上田:先日、マウントゴックスの元社長のマルクカルプレスさんと対談したんですよ。その方の本にも書いてあったんですが、結局ビットコインの問題は、電気代が高すぎるところだと。つまり、ビットコインのマイニングコストが、スウェーデンかどこかの一国の消費電力量よりも高いという。それって、イーサリアムが解決できたりするんですかね。
落合:そうですね、現在はイーサリアムのマイニングにも電力がかかっていますが、予定通りアップデートされてコンセンサスアルゴリズムがPoS (proof of stake)になると電力消費は少なくなりますね。簡単に言うとお金をロックしているっていうことが、悪さをしないことの証明になるっていう仕組みになるんです。
上田:そうなると電気代は圧倒的に安い?
落合:ほぼ普通のパソコンですね。
上田:要は普通のパソコンレベルで、マイニングが誰にもできるということですね。マイニングの構造が、オリンピック方式みたいに、コストをかければかけるほどみたいにはなってないってことですよね。演算パワーを持っている分だけ純増していく感じではない?
落合:持つというよりは、ロックです。ロックしている間になにか悪いことをしたら全部没収とか。リスクにさらすってことです。例えばそのマシンがネットワーク回線のエラーで落ちたりとか、サーバーが不調で落ちたりするとスラッシュの対象になる。だから、むしろすごく安定したコンピュータを作るところに、インセンティブが動くという感じですね。一台350ドルほどで作れます。
上田:パラダイムシフトですね。
落合:いま一口32ETH(イーサー)です。日本円にすると75万円くらい。その一口に対して、350ドルほどのマシンでマイニングできますから、並列して何台のマシンを持つかって感じですね。
暗号通貨は10位以下の通貨を“吸って”大きくなる
上田:結局、現在の基軸通貨より強くなくても、第三国とかの自国通貨が弱い10位20位くらいの通貨よりも信頼度が高ければ、それ以下の信頼度を吸っていって、すごく強いものになると思うんですよね。
落合:吸う描写、『ニムロッド』にありましたね。
上田:まさにそうだと思っているんですよ。なので暗号通貨は必ず一定の座を占めるし占め続ける。ただ確かに、電気代ネックだなってずっと思ってて。
落合:ドルが強い理由とも被るんですが、一回貿易に使われ出して、アフリカとかで使われると、デフォルト(債務不履行)した国もドルを使っているので戻ってきにくいんですよ。FRB(連邦準備制度理事会)からしたら発行したはいいけど、デッド(負債)のはず、貸し型のはずなのに戻ってこないから、これエクイティ(株主資本)じゃん、基軸通貨発行者の特権じゃん、って。デッド・エクイティ・スワップ(債務の株式化)と似ている現象が起こって。
結局は最近のFacebookのLibraの狙いはそれだと思っています。Libraはドルを塗り替えたいんですよ。そうやって吸おうという意図はすごくあると思う。逆にドルが弱体化する可能性があると思うんですけど。
上田:エクイティ化することを中央銀行は望んでいるんですか?
落合:一種のシニョリッジ(通貨発行益)だし、円とか元ではできない、ドルならではの、基軸通貨だからこそできることですから。ロスチャイルド家レベルで狙っていたと思います。
上田:そういう10位以下の通貨を吸い始めるのは、ビットコインの方が早いとは思うんですけど、電力コストをどうするのかという問題はやはり残る。
落合:頭打ちになる部分が出てくる気もするんですけど。
上田:差が5倍くらいだったらまだ分からないですよね。
落合:面白い話があって、Amazonのジェフ・ベゾスが毎年1000億円あることに投資をしているんですが。月での生産設備の開発に投資しているんですよ。
上田:どうやって投資するんですか? 投資のパスが見えない(笑)。どこに?
落合:輸送効率の研究に、です。そこで生産できると、もちろん月の裏側にいろいろな金属資源があるっていう話もあるんですけど、月の表面の砂・レゴリスにはヘリウム3が吸着していて、これを600度に加熱することで、ヘリウム3が得られるんです。このヘリウム3って核融合に使えるんですよ。そして地球上にはヘリウム3がほとんど存在しない。つまり月で核融合した方が、地球全体の電力よりも大きくなるわけで、「月でビットコイン掘ったほうが強くない?」って話になるんです。衛星で月と通信できますし、ビットコインのブロックタイムは10分なんで、光の速さからして可能なんですよ、月でビットコインのマイニングが。
上田:月でレゴレスを加熱して、ヘリウム3を取って、核融合させて、ビットコイン掘って作るのが一番強いんじゃないかってことですか?
落合:しかも地球にとってエコっていう。
上田:異次元ですね(笑)核融合でマイニングとかって、すごいSF的ですけど、合理的に突き詰めていくとそうなるというのがすごく面白いですね。
強いほうが正義になってしまうと意味がない
落合:けっこう『キュー』のモチーフと近かったですよね。「個の廃止」が起こるか否かっていうところ、すごく重要だなと思って。あれは鳥肌立ちました。やっぱり人間って子に対する愛を生得的に備えていることは疑いの余地はないですけど、それを捨てるか否かだと思うんですよね。で、捨てた人達が「錐(すい)国」側、捨てなかった人達が「等(とう)国」側だと思う。
人間の性(さが)が「錐国」側であるっていう石原莞爾らの気づきって、どういう練り込みの中から生まれたんですか?
上田:歴史の勉強をしていると、強い方に流れてきたのだしこれからもそうなんだろうなと言う実感はあるんですよね。なぜって強くないと生き残らないし、歴史を語るのは生存者だから。いろんなものを「自由」にしてくと言うのが現時点で最強の大義名分なのか、今はそっちに流れていってしまう。ただ、そのパラダイムすら疑わないとダメなんじゃないかと思いますね。だめというか、よろしくないかなと思っていて。
落合:希望のない話になりますものね。
上田:要は強いほうが正義になってしまうともう結論が見えている。それこそ、「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている意味がない」っていう、レイモンド・チャンドラーの有名なセリフがありますが、強さは必須要件だけど、優しさはそうではない。たぶん放っておくと、より強い方に流れ「錐国」化してしまうのが見えている。
落合:フランス人のブロックチェーンエンジニアに『キュー』のあらすじをちょっと話したら、「いやいや、他の星をテラフォーミングしたらそこに等国できるじゃん」って言ってきたんですよ。いわゆる壁を作るんですね。自分でも、その壁の中で結局、「錐国」化するよねって、いろいろ考えて。結局そっちでも「錐国」化するから、仕方ないなっていう。
上田:壁のモチーフはとても興味深い。歴史的に、実際壁を作ろうとしている人多いじゃないですか。それで、この現代でもトランプなんて実際に予算を通しちゃった。「通るんだ、壁を作る予算が! このご時世に!!」と思って衝撃を受けました。万里の長城ならわかるんですよ、でも現代は21世紀もだいぶ入ったタイミング。それでもまだ通るのかって。面白かったですね。
落合:今って、開発独裁とか、ナショナリズムに傾いているタイミングですよね。効率いいですからね、開発独裁の方が。でも開発独裁になると、より香港じゃないですけど横暴が通るので。遺伝子改変とかも全然普通にやるっていう決定をしちゃう。
上田:そっちの方が強いから。
高福祉のジレンマに見る、合成の誤謬
落合:そうですね、福祉コストとかも本当はもっと下げられるはずなんで。いわゆる人類の分散を小さくできる。そうなるとやっぱり福祉費用下がるならやるよねみたいな話になる。だってそもそも高福祉のジレンマっていうのが合成の誤謬として存在していて。
医者はどうしても病気を治したくて、でもそれをやればやるほど若者に対する負担が増えていって、もうどうしようもないよね、でも止められないっていう構造が特に日本にはある。
これを変えるには3つの道があると思っています。1つ目は安楽死という名のデスハラスメントを進める。「早く死なないの?」みたいな。2つ目が遺伝子改変によるウェルネスコストをもっと下げる。3つ目がブロックチェーンが流行ると納税する人が減るので、そうなると福祉は維持できなくなって、強制的に夜警国家化するという。この3つかなと思うんですが、どれもよろしくない(笑)。これって完全にスラヴォイ・ジジェクの『絶望する勇気』じゃないですけど、何をやってもだめみたいな。
上田:存在維持コストから割り出された許容量に見合った、維持できる制度を実装しようとしたら、余剰分は削減される可能性がありますよね。具体的に言うとどこかで大量死が発生する可能性がある。その3つのどの道をたどったとしても。
落合:そうなんですよね、ちょっとあきらめみたいなものが生まれてきますよね。
上田:その3つどれでもそうですね、デスハラスメントもそうですし。あ、ウェルネスコストはちょっと違うか。
落合:にしても優生学まっしぐらですけどね。
上田:そうなってくると、そもそも何のために我々が存在したのか、みたいな話になってくるじゃないですか。『キュー』自体がそれに答えているとは思わないんですけど、落合さんが持っている問題意識って一般にはあまり浸透していないと思うので、この対談が読まれるとすごく嬉しいですね。およそそこまで考えている人いない気がする。
落合:僕は法人としてブロックチェーンをやっているので、理由や正義がないと会社が崩壊するんですよ。「なんで僕たちこれやっていいんだっけ」ってことをずっと理屈を積まないといけなくて。だからそういうことを考える暇があるというか。
上田:かたやブロックチェーンが流行りまくって納税が減るっていうのは、完全に対国家軸じゃないですか。相当規制とかに邪魔されると思うんですけど、今もそれありますか?
落合:構造自体がAmazon対国家と似ていて、そもそもAmazonて、売り上げ1兆2500億円だけど、法人税は、控除や減税措置を受けて140億円の払い戻しがあるみたいなことをしている。この時点で財政学、徴税の学問では、もう間接税じゃないと取れない、消費者から取る形でないと取れないってなっていて。だからビットコインに対しても間接税。結局もう消費税が20%とか25%になるような世界ですよ。
上田:使用するタイミングでってこと?
落合:そうです。そうすると居所がつかめている。お店で匿名通貨のZcashとかで支払われても、消費税は乗ってるから大丈夫って。ただそうなると居所がつかめないタイプのビジネスが増える気がしています。
僕がインドネシアにいた時、バイクで物を運んだり、ご飯運んだりする「ゴジェック」というサービスがありました、Uberみたいなの。ああいうのをブロックチェーンベースで作ってしまうと、居所がつかめない事業所が出てきます。そういうのは一律消費税20%カットみたいになると、変なインセンティブ働いちゃうなと思っていて。そのへんは割りと興味分野というか、なんとかして止めなきゃなと思っていますね。
「強い通貨」を作れる国が強くなる
上田:結局煎じ詰めると、『ニムロッド』でも書きましたけど、これまで国の力が通貨を担保してきたわけですが、その背景には武力や経済力があった。ただそれを反対から見ると、通貨を発行できることがすなわち国力なわけじゃないですか。どれだけ強い通貨を作れるか、というのが国も含めたその集合体の力であるという風に焦点化できると思うんです。
落合:ビットコインも発行した分だけ武力を持つことができるというか。
上田:ビットコインの背景にあるのは国ではないから、それが流行ってくると、戦争ができづらいのかなって直感的に思います。マックス・ウエーバーが言うように、国家は特定の地域における暴力を独占する存在で、ビットコインを始めとする暗号通貨は非国家的なものが後ろにあるから。
そう考えると国家間における武力均衡も戦争の抑止力はある程度あるとはおもうけど、非国家的な強い通貨が存在することが抑止につながると思うんですよね。因果が逆になるというか。もともとはその国が強いから通貨が強くなったんだけど、逆に強い通貨が作れる国が強いみたいに反転し、それに伍する強い通貨がさらに均衡に寄与する。そこが明確化してくると、暗号通貨対国家みたいなものがもっと際立ってくるかなと思います。
落合:中国の元って今あえて安くしていますけど、あれ開放したらめちゃくちゃ強くなりますよね。潜在的な強さで言えば。
上田:いま仕込み中なんじゃないですか?
落合:でしょう。怖いな、地震みたい。
→続きの記事はこちら「世界はそれを呪縛と呼ぶか、理想と呼ぶか」芥川賞作家・上田岳弘氏×ブロックチェーンエンジニア・落合渉悟氏 <2万字特別対談>(2)
インタビューイ・プロフィール
上田岳弘
1979年、兵庫県生れ。早稲田大学法学部卒業。 2013年、「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞し、デビュー。 2015年、「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞を受賞。 2016年、「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。 2018年、『塔と重力』で第68回芸術選奨新人賞を受賞。 2019年、『ニムロッド』で第160回芥川龍之介賞を受賞。 著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』がある。
落合渉悟(sg)
レイヤー2ブロックチェーン開発フレームワークの開発で世界的に注目を集めるCryptoeconomics LabのCo-founder/ex-CTO/Chief Economist。技術理解はさることながら、経済・国際秩序などにも広い見識を持ち、CELの高い技術力をどこに投下することで成果が最大化されるかについて全面的な責任を持つ。Twitter:@_sgtn
上田岳弘氏 作品紹介
『ニムロッド』(講談社刊)
それでも君はまだ、人間でい続けることができるのか。あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。すべては取り換え可能であったという答えを残して。第160回芥川賞受賞作品。
『キュー』(新潮社刊)
さあ、今から「世界最終戦争」を始めよう。人類を終わらせるんだ。
キュー、それは終末を告げる合図、あるいは孤独からの救済。
超越系の旗手、新芥川賞作家が放つ超・世界文学。ウェブ連載から更に飛翔した決定版。
前世に〈太陽〉と同じ温度で焼け死んだと話す少女が同級生だった「僕」は、この〈惑星〉で平凡な医師として生きていたが、いきなり「等国」なる組織に拉致された。彼らによれば、対立する「錐国」との間で世界の趨勢を巡り争っており、その中心には長年寝たきりとなっている祖父がいるという。その祖父が突然快復し失踪、どうやら〈私の恋人〉を見つけたらしい。一方、はるか未来に目を覚ました自称天才の男は迎えに来た渋い声の〈異郷の友人〉と共に、《予定された未来》の最後の可能性にかけるため南へ向かい、途中、神をも畏れぬ〈塔〉を作り〈重力〉に抗おうとした〈ニムロッド〉の調べが鳴り響く。時空を超えた二つの世界が交差するとき、すべては完成する……?
編集:深谷その子、設楽悠介(あたらしい経済)
写真:大津賀新也(あたらしい経済)